13.01.16, 21:47

せっかち

 私はとても「性急」である。そもそも「せっかち」とは「急(せ)き勝ち」の音便化であり、結局、「急がば回れ」に反した生き方をこれまでもしてきたかもしれない、と振り返って思う。
 よって、答えがすぐに戻ってこないことには、苛立ちを覚えるし、だから、しなければならないことは、徹夜しても意地でも仕上げてきた(つもりである)。
 それ故にそうしない人を非難もしてきた。
 電車に乗るのも一番速い電車でなるべく、停車する駅が少ない電車を好む。
 逆を返せば、一歩一歩確実が苦手で嫌いである。
 だが、最近、何を急ぐ必要があったのだろうか?
 人は様々で非難する必要などあっただろうか?
 しっかりと反芻し、是非も確かめながら歩む人にミスは少ない。
 私なんかは良いチャンスもたくさん頂いたが、痛い目にも数多くあった。
 今日は珍しく、新快速には乗らず、各駅電車となる普通電車に乗った。
 いつもなら、混み合う時間は座ることもできないが、幸い、4人席に一人でゆったりと本も読める。
 寒空の中、いつもは見ることもない普通電車だけが停まる駅のベンチの横に咲いている花も見つけた。
 何となく、ほっこりした気持ちになった。
 走るだけが人生じゃないよね。
 答えを急いて求めては正しい云々ではなく、深みのある答えは出てこない。

by 西岡博史
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13.01.06, 02:05

全うした人生に乾杯

新年あけましておめでとうございます。
 と書きながら、縁起でもない訃報が早朝に入る。
 実は昨年末から覚悟はしていたが、もう15年近く、色々と公私にわたりお世話になっていた先生が亡くなられたのである。
 もちろん、嬉しい話ではないが、長く患わなかったところが、人様にご迷惑を平素からかけない先生の姿勢を物語るもので、人生の全うのお祝いなんだなと不謹慎にも感じた。
 本当にいつも明るく、電話から聞こえる声が今も耳に残っている。
 栃木訛りの強い言い方で「せんせぇ、あのね、この前さ・・・」などと笑い声で電話をかけてこられる。
 それでいて、人の悪口など絶対に言わないし、私が落ち込んでいても、お母さんのように包みこんで下さった。
 本当に感謝してもしきれない。
 昨年夏、京都で一緒に飲んだ時は痩せてはおおられたが、「ダイエットで成功したのよ」などと話されていたが、あれが最後になるなんて・・・。
 思い残すことなど何もないこの世の人生など正直、まずないだろうが、私には全うされたように感じてならない。
 いつも向学心に燃えていて、洒落の理解できる人で、そのお歳さえ全く存じ上げなかった。
 訃報の通知を読んで驚いた。
 これだけ色々お話しさせて頂きながら、「73歳」と記されていた。
 全く見えなかったが、全うされて、再びあの世でまた頑張られるんだろうな。
 どうぞ、先生、少しは休んで、これからもまた、みんなを見守ってくださいね。

by 西岡博史
posted by nishioka   全般    
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