12.11.29, 21:26

教えられる感動

 25日からの1泊の七田チャイルドアカデミーの懇親会は企画から進行まで私で請け負ってしまった。
 正直、意地があったのも確かだが、皆さんに喜んで頂きたい、これからのエネルギーにして頂きたい、そんな一心で準備を進めて実現した。
 この数日、地元に戻られた方々から次々と御礼のメールが入る。
 その文面を読んでいて、「やられたのは、実はこの僕の方だな」
 そんな気持ちになった。
 「人のために」などと横柄な気持ちでいながら、それなりに努力を続けると、一番の気づきをもらい、一番のハッピーをもらえるのが、他ならぬこの自分の方であることがわかる。
 この仕事に携わる人たちなら、みんなこの気持ちがわかるはずである。
 正に「教えよう」として「教えられて」が教育の根幹だと思う。
 その気持ちがわかる人だけがこの仕事に従事してほしい。

by 西岡博史
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12.11.27, 04:52

仲間

 昨夜(正確には一昨日から)から1泊で全国七田チャイルドアカデミーのオーナーたち有志が一堂に会する「思い出を語る会」に参加した。
 今や、私も古株の一人となってはいるが、この会にはまだまだ多くの諸先輩もおられる。
 私も知らない七田眞先生の在りし日のお姿を感じることができ、大変懐かしく、感慨深いものがあった。
 同時に本当にこの「七田眞先生」の偉大さと可愛さを改めて感じ、この先生に出会った意味を自分なりに考える機会となり、自ずと頭が下がった。
 そして、何よりの収穫と感謝は、このオーナーたちとの「仲間」としての意識を感じたことである。
 七田先生を介しての教育理念におけるコアのエリアが互いの身体の一部に存在している感覚は気持ちがとても良いのである。
 仕事は経営理念も重要であるのは言うまでもないが、私のエンジンを動かすオイルは「仲間意識」である。
 この意識の無いところに仕事など存在しない。
 多くの先生方、ご苦労様でした。
 そして、今後もよろしくお願いいたします。

by 西岡博史
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12.11.23, 22:36

喜んでもらいたい

 いつ以来だろうか?
 このブログアップのことではない。
 所謂ファーストフードの代表格と呼ばれるハンバーガーショップへ行き、テイクアウトしたことだ。
 店内の奥にカウンターがあり、同じような服装をした店員さんたちが同じような笑顔できびきびとした対応をしてくださる、といいたいところだが、ここはハンバガーショップの代表格のところではなく、何番手か下に位置する看板のお店でもあり、きびきびではない。
 笑顔もどことなく、ぎこちない。
 胸には「研修生」と書かれた名札をつけている。
 なるほど、仕方ないかな・・・と思いながら、彼女の一挙手一投足が気になって仕方ない。
 日曜日の京都の繁華街はそれでなくても混み合い、当然、店内の列も長くなっていく。
 何か無駄な動きも多く、おつりのお札をお客様に戻すのに、一枚、一枚、丁寧過ぎるほどゆっくりとゆっくりと返されている。
 いよいよ、私の番だ。
 ハンバーガーとポテトとコーラの3点セットを三男分も含めて二人分オーダーした。
 「1分お待ちくださいませ」
 彼女の声に意外と早いんだな、と思い、立っていたが、おそらく3分はテイクアウトの準備ができた様子もなしである。
 横におられた慣れている風の店員さんが「どうそ、お座り頂いてお待ちください」とようやく声をかけてくださる。
 そして、ラストが最悪なのである。
 彼女ができあがったポテトとコーラを
一つの袋に、もう一つの袋にハンバーガーを入れてくれている感じがする。
 「お客様、お待たせいたしました。こちらの袋にはポテトとコーラでございます。そして、もう一つの袋にはハンバーガーを入れさせて頂きました」
 チーン!!!
 なんでやねん!!!
 テイクアウトなのに、そりゃないやろ!
 昔なら怒っていたのかなあ、とも思うが、「すいません、できれば、温かいものと冷たいものは袋をわけてほしいのですが、可能ですか?」
 後ろにおられた「マネージャー」と名札のついた男性店員が急いで「申し訳ございません」と言いながら、分けてくださった。
 どうという話ではない。
 ここのショップの店員教育ができていない、そんなレベルの話でもない。
 教えていないからできないのではない。
 生活バカだから、仕方ないわけでもない。
 慣れていないから余裕がないわけでもない。
 お客様に喜んでもらいたいという視点がないだけだと思う。
 最大手のハンバーガーショップではないが、当然、チェーン店が全国にある規模のお店なのだから、店員教育マニュアルも存在するだろう。
 それを覚えさせたり練習させたり、ロールプレイも何度もしたことだろう。
 でも、この店員さんは残念ながら、どれだけ経験を積んでも難しいかもしれない。
 お客様に喜んでもらいたい、と思ってその仕事を選んだとは思えない人であったからだ。
 お店に見抜く力がないから、最大手にはなれないのかもしれない。
 でも、面接で見抜くことは難しいこともよくわかる。

by 西岡博史
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12.11.10, 23:49

失敗を恐れるな

 本日は漢字検定があり、この試験監督を行った講師の日報を一部抜粋しよう。

「監視役をしていて気が付いたこと。自信のない漢字は答案に書かない子を数名見ました。本来は何の指示も出してはいけない検定だが、空白部分は当て字でも何でも書きなさいというと初めて記入し、それが正解な子もいました。4問書いて3問正解の子もいる程です。何を躊躇しているのでしょうか?間違うのがそんなに恥ずかしいことなのでしょうか?試験に対する考え方の違いなのか、今時の子供の風潮なのか、興味を抱いた漢検でした。」

 上記は私も経験したことのある内容であり、至極納得である。本当に何を恐れることがあるのだろう。
 人間は経験に基づき、次の行動を決定する学習機能を有する生き物である。
 生まれてすぐの子どもが何かを恐れるだろうか?
 痛い!や熱い!といった危険に及ぶ行為も経験と身近な人の感情の入った声や態度により制約されるようになるそうだ。
 そうであるなら、正解するかもしれない回答を書かない子どもたちは、何が故に書かないのか?
 恐らく、「こんな答えは恥ずかしくないのか!」とか「こんな答え、どこからくるのだ!」と言っただれか身近な人たちの言葉がけが影響したと予測できる。
 それは、親や兄弟かもしれないし、先生や友人の可能性もあるし、自分が言われた言葉ではなく、周囲が言われる言葉を耳にしたのかもしれない。

 だから、私たちの大きな役割は、もう一度修正してあげることだと思う。
「どれだけ間違っても失敗してもいいんだよ」
 失敗があったからこそ、成功が生まれるのであり、失敗して恥ずかしいなんてことはないんだよ。
 そう言えば、生まれて50年もたつと、いつの間にやら、そんなことを言いながら、それは自分自身への言葉でもあるな、とそう感じた。
 教育は奥が深い。
 人に教えようなどと思わない方が良い。
 教えようと努力して、教えられるのは自分自身の方である。

by 西岡博史
posted by nishioka   全般    
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