12.09.30, 23:37

自然の脅威

 朝から台風17号(名称:ジェラワット)に翻弄させられた。
 もちろん、まだ日本列島を通り過ぎたわけでもなく、熱帯低気圧に変化したわけでもないので、軽々しいことは言えない。
 それでも、眠らないままの朝6時過ぎには大阪に暴風警報が発令された。
 まじか!愕然とする。
 講師も子どもたちもこの日にかけてきた弊社豊中少路教室の発表会の日だけに何とか開催にこぎつけたかった。
 教室長にすぐメールすると、時間を置かず返信が戻ってきた。
「中止します」
 無念だなあ。
 すぐに今日が出勤となっていた社員にもメールを出す。
「今日は休みにした方が良いのではないか」と。
 午前8時過ぎには、午後から予定されていた長男のアメフトの試合の中止の連絡が入る。
 そして、午後からはお客様が来られることになっており、こちらも心配したが、関西空港に無事に着陸した連絡が入り、ほっとしたのも束の間で、関空はあくまでも陸の孤島でもあり、結果的には午後5時過ぎまでそこからの交通機関は完全ストップし、足止めを食らうことになった。
 これで良いのかもしれないが、科学がどれだけ進歩しようが、台風や地震などそのものを抑えたり、無くしたりする技術は何もなく、雨乞いしていた原始の時代と本質的には何も変わっていないのが現状でないか、と。
 自然の脅威が人間の科学などと言う概念を嘲り笑うように。
 それでも、原始の時代とは大きく異なるのが予報の確からしさかもしれない。
 それにより、多くの人間が準備し、被害の拡大化を防いでいるのは間違いない。
 準備に勝るものはないのかな。
 用意周到であれば、ゴールにたどりやすいのも正しい真理であり、常にリスク回避のための想定をして、その時に備える努力は大切である。
 いきあたりばったりで生きてきた私は、このままでは、ほんと、原始の人と何も変わらないこととなる。

by 西岡博史
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12.09.29, 00:12

教え子から

 久しぶりの卒業生からの電話だった。
 開口一番「先生、お元気ですか?ずっと、先生の事が気になっていました。」
 誤解のないように書き添えておくが、もちろん、卒業生は男子生徒である。
 尋ねると、もう31歳になっているが、その声は当時と何も変わっていない。
 今は飲食店で働いているそうで、近いうちに食事に寄せて頂くことを約束する。
「先生の英語の教え方はとてもわかりやすくて、今も尊敬しているんです」
 滅茶苦茶、嬉しいです。本当にありがとう。
 そう、この仕事を選んだのは、少しでも子どもたちの力になってあげたかったこと。
 そこに何の打算も何もない。
 「力に少しでもなれたなのなら、とても嬉しいよ。電話ありがとう」
 本当に嬉しいな。

by 西岡博史
 
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12.09.28, 01:57

自己超越

 マズローの人間の基本的欲求の5段階説は余りにも有名である。
 低次からの5段階は、
1.生理的欲求
2.安全の欲求
3.所属と愛の欲求
4.自己承認の欲求
5.自己実現の欲求
 マズローは晩年、この上の段階に「自己超越」があるとの説を発表されたと、今、経営についての指導を懇切丁寧に頂いている若松経営情報研究所の若松敏幸先生から伺った。
 確からしさは不明だが、wikipediaにて調べてみたことを引用させて頂く。
自己超越者(transcenders)の特徴は
1.「在ること」(Being)の世界について、よく知っている
2.「在ること」(Being)のレベルにおいて生きている
3.統合された意識を持つ
4.落ち着いていて、瞑想的な認知をする
5.深い洞察を得た経験が、今までにある
6.他者の不幸に罪悪感を抱く
7.創造的である
8.謙虚である
9.聡明である
10.多視点的な思考ができる
11.外見は普通である(very normal on the outside)
以上である。
 これがマズローが発表した公式文書として考察すると、2.の意味は深すぎて理解しがたいし、11.は何の関係もないように思え笑えるが、その他は賢者の定義でもあり、欲求が満たされるとこのような人になれるのか、このようになると、欲求が満たされるのか、一度、真剣に文献にもあたってみたい。
 私なんぞ、まだまだ第4段階の承認さえもできているとは思えないし、もっと努力しないといけないと強く思う。
 だが、昨日の私のブログを再度、読んで頂きたいが、マズローの5段階の欲求について、国家レベルでも同様の定義が可能な気がする。
 これからはアジアの時代と呼ばれるが、まだまだ成熟していない国家がその覇権争いをしているように感じてならない。

by 西岡博史
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12.09.27, 08:12

領土問題

 久しぶりのブログアップである。もう6年、私の生活習慣の一つとなっていたブログでありながら、3カ月近くもお休みをしてしまった。お許し頂きたい。
 何となく、人のやらないことに挑戦していきたい私にとっては、みんながやり始めたブログにリスクはあれども少しその魅力を感じなくなってきたのがその理由である。
 一日に2000以上のアクセスを頂いていたブログであったが、これだけ長い間ブログを書かないともう読んでくれる人もおられないかもしれない。
 しかし、このところの中国との、或いは韓国との領土問題には心痛めている。
 いや、尖閣、竹島は日本固有の領土であり、「そもそも領土問題など存在しない」と、昨日、自民党総裁になられた方はおっしゃってたが(毅然とした態度は好きだが)、その言い方が、世界から「極右」などと呼ばれる所以ではなかろうか。
 昨夜、東京から戻る新幹線の車窓から立ち並ぶ家々を見ながら、何となく、この家や土地を手に入れるために、働き、そして、頑張ってこられたのだろうな、そんな気持ちになった。
 だが、この土地や家は本当に自分の所有する物になったのだろうか?
 地球の歴史からみれば、まこと愚かな考えであり、そもそもだれのものでもない物にしがみつき、幸せを感じた人はそれで良いが、愚かな考えにしがみつくが故に幸せをも放棄していることが私たちの周囲にもどれだけ多いか思い起こせば、多くの人が知っている。
 そうなのである。
 正に別の角度からみれば、「そもそも領土問題」など存在しないのである。
 東シナ海の地下資源は豊富であり、漁場も豊かである。
 だから、住んでもいない島の領土権を主張するのであろうが、とんでもない。
 だれのものでもない物を自分の物だと強く主張しているうちに、多くの文化交流が閉ざされ、経済の成長も止まっていく。
 長引けば、この損失の方が実は遥かに大きいと試算するデータもある。
 誤魔化した論理だと言われる人もいるだろうが、周辺海域に眠る地下資源は国家共同プロジェクトを作り、採掘した地下資源は互いにシェアすれば良い。
 「お前はあほか!」と友人に叱られたが、私からすれば、それでも「我慢できない」と中国や韓国が言われるなら、世界に向けて、「そのように言われるので、私たち日本はあげることにしました!」となるべく大きな声で言えば良いのだ。
 法律なんぞは、その時々における人間が後付けで都合良く作成したものであり、領海侵犯した漁船に向けての放水なんぞ、本当に大人のするべきことか、とその光景を見ながら、哀しくなるのである。

by 西岡博史
posted by nishioka   全般    
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