12.05.24, 23:07

子どもたちとの勉強

 もう大学3回生になる長男も高校生の次男も、その友人たちとわいわい言いながら勉強する時がつい最近まであり、私なりに楽しい時であった。
 学校の先生と大きく異なるのは全教科担当することであり、時には、その学習が始まる瞬間まで、ねじり鉢巻き状態でこちらが勉強しなければならないことがあるが、この自分自身の勉強により、思い起こしなどと言う流暢なことではなく、間違いなくこれまで知らなかった発見やら、記憶違いで覚えていたことの発見やらで、脂汗たらーり!!の時さえあるのが本当のところ。
 そして、最近は三男も友人たちと一緒の勉強が始まった。
「おじさんの教え方、本当にわかりやすいわ」などと調子の良いことを言われ、喜んでいる自分もいるが、本当に私はこういうことが根っから好きなんだなあとつくづく、呆れながらも思うことが多い。
 この仕事を選んで、天職だと思うことが多いが、従業員たちを護りたい一心で様々な業務もしていき、教えているだけなら言われなくても済んだのに、妙に様々な仕事をしたが故に、出る杭を打つためなのか、言われなき辛い思いをしたりもしたのが、これまでだったと回顧して感じる。
 自己主張が強く、不本意ながら、敵を作ったことにもなったのかもしれない。
 しかし、私は、本当に心からだれにも幸せになってほしいし、周囲の人たちを幸せにできないで、多くの人を幸せにできるはずもない、との思いに至り、とにかく、毎日、自分ができることを些細なことでも、一生懸命取り組むことを第一と考えている。
 子どもたちから「勉強おもしろいなあ」と言われると、何も要らないと思ってしまうのである。

by 西岡博史
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12.05.19, 23:57

卒業生から

 新しい学年になって、少し落ち着いたこともあるのか、この時期になると、卒業生たちが遊びに教室に立ち寄ってくれることが多くなり、講師たちの日報に、私の心も幸せな気持ちになる。
 今日の日報から少し転記してみよう。

「卒業生が気軽に立ちよれる塾となっていることは大変よろこばしいことです。少し時間があったので、近況を聞くこともできました。それぞれ夢に向かって頑張っているようでうれしく思います」

「すごく久しぶりな気がして、懐かしくお話する時間は至福の時でした。繋がりが持てる幸せを頂きました」

「とっくの昔に卒業しているのに、お顔を見せてくれることや気にかけてくれることで、すごく幸せな気持ちになりました」

 そして、私には、卒業生と保護者の方からもメールが入った。
「先生、元気ですか? 最近は毎日ブログの更新がなく、寂しい感じです。やはり、先生の元気な様子にエネルギーをもらえます。」

「時々、先生のブログは拝見させていただいておりますがいつも前向きでパワフル!元気パワーをいただいております。ありがとうございます。
七田チャイルドアカデミーの子育てに共感し、西岡先生のお教室にご縁をいただき、勉強することの楽しさを学ぶ事が出来たおかげと、感謝の気持ちでいっぱいになりました」

 本当に嬉しい限りで、こうして、立ち寄ってくださったり、メールを送ってくださったり、懐かしい気持ちだけではなく、有難いなあと自然に頭も下がります。
 そして、本当にこの仕事を選んで良かったと心の底から感じます。
 そんな気持ちを講師たち一人ひとりにも感じてほしい想いで一杯である。
 しんどい時もあったからこそ、この喜びも大きくなるのである。

by 西岡博史
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12.05.16, 02:15

管理と挨拶

 私は、当然だろうが、圧力のかかる管理はされるのも、するのも好まない。
 だから、社内の中でも、さほど型苦しい管理の雰囲気はないと思っている。
 朝の私に対する挨拶もみんな、普通に「おはようございます」としてくれているし、それで十分だと感じていたが、本当にこれで良いのだろうか、と今日、友人と話していて、もう少し指導すべきところもしていかないと、何も知らなかった人たちが実は可哀そうなのかもしれない、そんな想いとなった。
 例えば、仕事をしている最中に手を停めてまで私に挨拶する必要もなし、とそう思っていた。
 だが、友人の意見は異なる。
 今日、初めて会う目上の人が来られたなら、手を停めて、立ちあがっても「おはようございます」と挨拶するのが筋であり、こういうけじめのない所に、社会人としての規律・秩序ある態度は育たないと言いきられた。
 確かにそうなのかもしれない。
 私の仕事関係の人が来られたら、「いつもお世話になっております」と自ら挨拶に来られて気分の悪い人はおられないのかもしれない。
 だが、私はこれまで、こちらも遊びに来られているのではない人に対して、割り込むことがどうだろう、と感じていたので、敢えて挨拶に来られても・・・とも思っていたのが本当のところだ。
 身分の上下におけるけじめなどは、強制するものではないというこれまでの私の考えは甘かったのかもしれない。

by 西岡博史
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12.05.12, 01:27

クールビズ反対!!

 東電の電気料金の値上げ申請は、原発の再稼働のめどが立たない、他の電力会社の値上げ判断にも影響するのは必至である。
 他にも処分すべき財産があるのなら、別だが、原発にNoを出す限り、値上げも承認せざるを得ないとも思える。
 こんな時代だからこそ、この夏のクールビズも当然の様相を呈すことだろう。
 大阪はまだネクタイ族を多く見かけるが、東京では、本当にネクタイをしている人は少なくなった。
 この方が合理的だと思われる方が殆どだと思うし、私も恥ずかしながら、ネクタイもすることなく、教室に入ることも多い。
 でも、このところ、こういう合理的なイージーさが仕事もイージーに向かわせることはないだろうか、と疑問も感じる。
 きっちりとしている方は背筋も伸びている、服装もきっちりとしているものだ。
 だから、きっちりとした仕事もできるのだろう。
 イージーが良いとは限らない。
 たまには、折り目のしっかりとついたスーツを着てネクタイをしめて、仕事に出かけてみよう。

by 西岡博史
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12.05.06, 22:17

有難き幸せ

 世間では、9連休だの大型のゴールデンウィークだと騒いでいたが、皆さんは如何に過ごされただろうか。
 私は、今年ほど仕事にずっぽりと埋没(?)した年はないほどであったが、不思議と充実した感覚である。
 その大きな要因は、先日も触れたが、自ら好んでの仕事であったことは大きいが、それよりも平素、休日も殆どないのにも関わらず、従業員たちも休日を返上し、遠路、仕事のお手伝いに参加してくれた嬉しさが大きい。
 友人でもあり、仕事上の知人は手伝って頂けるだけでも有難いのに、慰労を兼ねて、と食事までご馳走してくださった。
 本当に人は支えられて生きている。
 支える側でいつもいたいのが本音だが、支えられてばっかり。
 恩返しできる日がくることを信じて。

by 西岡博史
posted by nishioka   全般    
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