12.04.29, 23:49

ワクワク! ドキドキ!

 人生の中で何回もないだろう"ワクワク!ドキドキ!"
 そんな感覚にはどんな時になるのだろう。
 ピンとくるのは、恋愛だが、私はそんなに若くない。
 この数日、自分の頭の中を支配するのは、その感覚で、久しぶりのことかもしれない。
 不毛の地に種を蒔き、そして、収穫もしていないのに、正に「獲らぬ狸の皮算用」であろうが、この考えがシステム化されれば、世の中に貢献できる。
 そんな想いを強くし、毎日、絵を描いて想いに耽っているのである。
 具体的に発表できるのはまだまだ先の事かもしれないが、一人、教育界を震撼させる事態の創設だと思っているのだ。
 知人に話すと、「自家用飛行機で宇宙に行こう!」というようなものだと表現されたが、言い得て妙。その通りである。
 しかも、燃料は殆ど入っていないうえ、パイロットにも実力もない。
 ただ、宇宙のイメージは日に日に具体的な映像化が進んでいる。
 これでわくわくしないはずはない。
 稼ぎたい、のような品のない話ではない。
 多くの仲間と夢をシェアさせて進んでいきたい、と心から願っている。
 お金は具体的な必要もないのに、「もっと欲しい」などと願っても入ってこない。
 ただ、具体的な必要性を社会貢献という大前提の下、感じれば、必要な分だけ入ってくるはずだと、信じてやまない。

by 西岡博史
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12.04.23, 21:22

七田眞先生の墓前へ

 もう、弊社の毎年の恒例行事となっている。
 今年も昨日は七田眞校長の命日であり、私たちはバスでスタッフたちと島根に入った。
 本日はしちだ・教育研究所の七田厚社長、眞裕美副社長、そして、奥様の七田島代先生の本当に厚きご歓待も頂戴しながら、ご仏前にお線香をあげさせて頂き、その後、近くのお墓に参らせて頂いた。
 当たり前のことだろうが、墓前に立つと背筋が伸びる思いがする。
 そして、「先生!」と声をかけたくなる。
 優しかった笑顔が浮かぶ。
 何とも言えない癒された気持ちとなると同時に「頑張りますね」と強い気持ちにもなる。
 そして、帰りのバスの中で弊社の社員と気持ちを一つにしてお参りできる有難さを感じながら幸せな気持ちになった。
 私は七田先生に育ててもらい、今も七田先生に恩返しはできていないが、七田先生によって幸せにさせて頂いているんだろうな。
 島根県は陸の孤島でもあり、七田先生の眠る江津は本当に遠い。
 バスで5時間はかかる。
 だが、「七田先生、来年もまた来ますね!」と約束した。

by 西岡博史
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12.04.22, 01:32

マナー

 満員電車に乗り込むと、扉付近に立っている若いサラリーマン風の男性が携帯電話で話している。
「大胆な人だなあ」と思っていると、当然だが、すぐに電話を切って、隣の同僚らしき男性に話しかける。
「こんな所まで追いかけてきて、困った上司だろ!」
「困った人はあなたの方もだ」と私は心の中で呟く、と間もなく、またも彼の携帯の呼び出し音が鳴る。
 周囲の人たちも、鬱陶しそうな様子で彼の顔を見る。
 何と、彼は、その電話に出て話し始めたのだ。
「今、出張の帰りで電車の中です。」
 確かにそう言ったはずなのに、ずっと電話で話している。
 内容ははっきり言って、どうでも良い話ばかり。
 そして、あることに気づいた。
 その目の前にいる男性二人は、上場企業の社章バッジをスーツの左襟につけていたのだ。
 会社の顔を外に出しながら、隣の同僚も何の注意もしない。
 ようやく、電話を切ったと思ったら、隣の同僚に何か二言、三言、話した後、とうとう、今度は、自分からコールし始めたのだ。
 もう周囲も私も閉口ではなく、口が半開き状態。
 この会社はどうなっているのか、はたまた、この人たちの厚顔さもいい加減にしてほしいが、会社の看板を自分が背負って外に出ている認識はないのだろうか。
 会社で教えないといけない内容ではない。
 では、彼らに周囲にいた私たちが注意すべきことだったのだろうか。
 何か釈然としない怒りでも哀しさでもない複雑な胸中となったのは確かなことだ。

by 西岡博史
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12.04.19, 04:00

現代に生きる人たち伝記

 今、最も力を注いで作成したい教材がある。
 コンセプトは「日本の魂、今の時代にこそ輝く!」
 どうぞ、このブログを読まれた方で模倣する方がいらっしゃれば、是非、作って頂いても結構だ。
 それは、今規模や売上の大きさとは全く別に世界市場で活躍する企業のトップの方や伝統工芸をひたすら守り、継承する人たちへの小学生を意識してのインタビューである。
 既に亡くなった人たちの伝記に心を奮わされた経験のある方は多いし、そのような伝記を読むことの意義も十二分に理解できる。
 だが、伝記のお話しはどこかお話しで伝説となってしまい、現実感と乖離している場合はなかろうか。
 ところが、今に生きる人たちなら、それは伝説ではなく、現実的であろう。
 物作り日本が自慢であったはずなのに、いつの日か円高などの経済的背景も後押しし、メーカーはこぞって海外生産に切り替えている所も多いのは周知の事実だ。
 どこか、日本人としての誇り、云々声高らかに話すのが恥ずかしくなってきてはいないだろうか。
 志、想いの強さで世界をフィールドに勝負している人たちの簡潔現代版伝記の作成がしたいのである。
 そして、失いかけている日本人の魂や誇りの復権である。

by 西岡博史
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12.04.17, 00:09

選挙運動

 あれから、もう4年の時が経たんだ。
 大親友が篠山市会議員選挙の任期満了に伴い、再選の為の選挙運動に入った。
 4年前は、エコの観点からずっと歩いての選挙運動だったが、今回は、選挙カーに乗り、うぐいす嬢も二人、そして、細かな道も機動力を生かすため、車内には折りたたみ自転車も乗り、私は生まれて初めてこのドライバーを務めた。
 交通法規も遵守し、地域のご迷惑をかけないように、と言って遠慮していては名前も売り込めない、大胆且つ細心でそのスピードも含めて運転も難しいものである。
 候補者である友人は、本当にこの4年で眩しいほどプロになっている。
 選挙カーが通ると支援者の人達が大きく手をふってくれる。
 その姿をみた途端、車から降りて、彼は一目散に笑顔で駆け寄る。
 オーバーなアクションで握手。
 嘘ではなく、中には握手してもらうだけで半分、目に涙を浮かべるお婆さんもおられた。
 これは、もう私には理解できない独特の世界なんだろう。
 町の有力者と呼ばれる支援者の一人の方が私に言われた。
「それでも、今は昔とは違う。笑顔で握手をしてくれても、票を入れてくれるとは限らない。選挙は水物。
 これは変わらないが、とにかく、今は田舎も浮動票ばかり。 かつては、家長であるお父さんが支援者となれば、その家族も票読みに入れることが出来たが、今は家族でもばらばらで、全くわからない。
 家長の権限がなくなったことも大きいが、それよりも、今は、家族でみんな別の仕事をしていることが大きい。
 家族で同じ仕事をしているわけではないんだから、考え方も頼まれる所も異なるということだ。
 昔の選挙は村の祭りと同様だったが、本当に様変わりしたなあ。」
 遠くを見つめる目が全てだ。
 何がよいのか、悪いのか。
 だが、選挙の時だけ一生懸命している議員が殆どであるのが悲しいし、任期の最中にどれだけ多くの功績をあげたか、もっと、市民が国民が知ることが出来る仕組みはないものだろうか。
 とにかく、今度の日曜日、彼が笑顔で達磨に目を入れることが出来ますように。
 だが、2時間睡眠で駆けつけたので、今日は疲れた。

by 西岡博史
 
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12.04.13, 23:36

原発の再稼働問題

 政府は、定期検査で停止中の関西電力大飯原発の再稼働問題について、安全性の判断基準を満たしていると最終確認し、関電管内の電力不足を緩和するために再稼働が必要と結論づけたそうだ。
 自民党時代の政権なら、この決定にも納得できるし、私たちは経済発展こそが人類発展にとっての不可欠なことであるとの妄想に縛られていたのだから当然の結論だ。
 しかし、本当にそうなのだろうか。
 120%の安全などこの世にあるはずもなく、「想定」が如何にいい加減なことであるか、また、自然の脅威を知って、命や絆ほど尊いものはないと心の底から感じて、まだ1年なのに、もう喉元過ぎたのだろうか。
 安全を求める前に、本当にその電力が必要なのか、一人ひとり自分たちに問いかけるべきだろう。
 今日も東京から知人が来られていたが、計画停電時の苦しさも吐露されておられたが、関西に住む私たちには、そのしんどさも実感としてはないだろう。
 停電になれば、仕事にもならない。
 これが続いても、命が守られるのなら、私たちはその選択をしなければならないのではないか、そう思うのである。
 便利、発展がなくても、肩寄せ合う社会の成立をめざす方がはるかに幸せではないのだろうか。
 決して、ネガティブな選択ではなく、むしろこの選択こそポジティブだと思う

by 西岡博史
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12.04.11, 01:28

社会貢献の本質-私の場合-

 先日のブログで自分自身の仕事のモチベーションの源について、人様のお役にたてているという大きな意味での社会貢献について触れた。
 神様に誓っても嘘、偽りのない本心だと断言できるが、本日、尊敬する知人と食事しながら、話していて、実はもっと深い所に自分自身の本質が少し自ら明らかになってきたなと感じた。
 だれかのお役に立っているという実感こそが、自己存在感を感じられる時であり、本質的には様々な部分に自信がなかったり、コンプレックスがあったりするが故に、仕事に関しても、学習に関しても、少しは努力し、もがき、頑張っているつもりだ。
 この頑張れる原動力は、人様のお役に立つという大命題の下に成立するが、更に根底には、自分の存在の意義を求めて彷徨しているのかもしれない。
 私には、ボランティア精神、滅私の心は、本質的には「はりぼて」で存在しているのかな、とふと、そんな気持ちもした。
 だが、すぐに、ネガティブになりそうになった己の心に訴えた。
「それでも良いさ。継続して全うすれば、それも眞の精神、心となれるのかもしれない」

by 西岡博史
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