12.02.28, 01:56

身の引き締まる思い

 とうとう昨日のブログを休んだ。
 故意に休む犯罪のような気持ちの一日を過ごした。
 今日、メールやら電話で「せっかく続けたことを休んでどうするのか」とお叱りやら励ましを受けて、それに釈明を続けたが私のような者に有難い言葉だった。

 しかし、今日も何か特別にメッセージを発信したいのではないが、私の教室に通ってい頂いている保護者の方に出したメールを一部転載したい。
 私の生の言葉であり、気持ちである。

○○様

本当に子育ては難しいと痛感しているこの頃です。
何せ、このパターンで全てが収まるということがないのですから。
皆、一様に異なるのが本当です。
ただ、条件として行わねばならないのが、13歳を前にして
ひとつの結果を出さねばならない受験をすることです。(これは家庭が出した結論でしょうが)
ここで、結果を出すのに適した成長をする子どもに問題はありませんが、おそらく、半数以上の子どもはここで最終結論を出すには問題ありです。
もっと、具体的に言えば、ここは途中経過に過ぎないにも関わらず、ここを余りにも重視しすぎて家族でつぶれてしまうことがあるので要注意なんです。
特に第一子は両親共に一生懸命すぎて周囲どころか子どもが
見えません。
だから、理由のわからない情報戦争に巻き込まれて、せっかくの逸材をつぶすことになると思います。
私は、人には様々な出会いがあると思いますが、この子なら、我が子でも任せたいなと思う先生がスタッフにいるか否か常にチェックしているつもりです。
△□は本当に努力し、一生懸命で○です。
彼女の今日の日報を無許可で(笑)転載します。

「責任を持って、☆くんの大切な1年を見ていきたいと思っております。
よく考えれば、考えるほど、子どもたちの大事な時間をレッスンさせて頂いており、怖くもなりますが、やりがいのある仕事だな…と改めて感じます。身を引き締めて参ります。」

何か実力が無いことではなく、手抜きがあれば私に連絡ください。叱ります。

どんな仕事も身を引き締めてしていれば、更に言えば、この子が好きだと思う気持ちさえ失わなければ、絶対にどんな教育にも勝ると私は信じています。

どうぞ、一任ください。
どんな些細なことでも何かあればご相談ください。
私で力になれることあれば、いつでもお話しください。

上記が返信したメールである。
何の事情か何を質問されたかは全てご想像でお考え頂ければ大差ないことである。
「身の引き締まる思い」を私たち指導側が忘れてはならないのは本当である。

by 西岡博史
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12.02.25, 23:16

出会いによる成長

 この数日、「どこの塾が良いですか」の質問を立て続けにもらうことになる。
 もちろん、高槻、島本町なら、「ペスタロッチ学院」と答えたいところだが、皆さん、近隣の方ではない。
 私は、必ず答えるようにしていることがある。
 それは、必ず、本人と親がその塾へ足を運び、塾長先生の教育方針を直接聞き、教えて頂く先生の授業を子どもが体験し、どちらも納得するまでさがしてほしい、と。
 そして、一度決めたら、任せること。
 そうすると、今日、一人のお父様からメールが入った。
 とても良い塾が見つかった、と。
 大人も子どもも一生懸命生きていると、必ず良い出会いがあり、その人によって、成長させてくれる。
 人は出会いによって成長があり、それは運などの言葉では表せない。
 だから、努力したり、ひたむきになったりすることが大切な気がするのだ。
 素晴らしい出会いが日々ありますように。

by 西岡博史
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12.02.25, 00:32

6周年+1日

 そう言えば、昨日がこのブログをアップし始めて丸6年であった。
 丸6年と言えば、小学校に入学した赤ちゃんのような子どもが、人によっては大人と変わらない中学1年生になるのだから、長い月日である。
 楽しい思い出ばかりではなかったし、辛いこともたくさんあったと思うが、こうして休むことなく6年の月日、アップし続けることができたことは、家族、友人、そして、何より従業員に感謝したい。
 何度も書いたが、6年前、「先生、毎日続けるのが大切ってよく言ってたよね。ブログ、毎日、書き続けてみてよ」なんて、軽い調子で言われた日を思い出す。
 継続は力だから、「よし、やってみるか」で始まった。
 ブログは私的な日記と異なり、公開日記であるので、この間、子どもたちも成長し、皆さんには好評であった「家ネタ」はご法度だとも言われた。
 ここには書けないこともあったが、嘘の無い自分の思いを吐露してきたのは事実だ。
 だが、最近のブログでも書いたが、もっと今こそ原点に立ち返る時期で、アナログの世界で生きる顔の見える真剣なおつきあいが重要だと思い始めた。
 装飾に散りばめられた虚構のホームページを見て商品を購入していてはいけない。
 安ければ良いと価格比較リストの掲載したサイトを活用し、品番を叩いて購入していたが、商品によっては別の選択もしなければならない。
 何よりも毎日顔を合わせることがない従業員、スタッフにあなたの会社の社長はこんな想いで生きているんだと伝えたくて、そして、自分で書きながら自分の戒めの場として活用してきた6年だった。
 累計アクセス数は2,848,000を超えたようだ。
 昨年の同時期、2,147,000だったので、この数年はずっと、日に平均1,900アクセス程読んで頂けた。
 考えてみれば、大手に属さないこのブログにこれだけのアクセスを頂けたことは凄いことだとつくづく思う。
 年賀状やメールにも「ブログ毎日楽しみに読んでいます!」などと励まされて、本当に頭が下がる思いである。
 何度か全く面識もない方からメールを頂いたこともある。
 不思議なことだが、その方々から「西岡さんなら、どのように考えられますか?」などと人生相談を持ちかけられたこともある。
 アナログの大切さはもちろんだが、私でお役に立てることがあるのなら、いつでもお声かけください。
 今日で止めるけではないが、本当に書きたいことだけをこれからは書こうと思う。
 このブログを書くために大切な人たちとの時間を割き中断したこともあった。
 それでは本末転倒だ。
 こんなことを書きながら、また、明日も明後日もアップしているかもしれない。
 何かあれば、下記メールで受け付けます。
blog@canyonmind.com

by 西岡博史 
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12.02.24, 01:35

強くても弱くても良し

 橋下大阪市長は常に度肝を抜く情報を発信される。
 義務教育においても留年制度を適用すべき昨日の提言も波紋を呼んだが、私も賛成である。
 習熟できていない子どもを上に上げるなという拷問的な意味合いではない。
 少し理解すれば、人生が変わっていたのに、ということはよくあることだ。
 そのチャンスをもらえるとの前向きな考えからである。
 反対意見は、その子どものメンタル面を考慮すると難しいとか、教員数の増大による資金面の圧迫などをあげられている。
 確かにいますぐの導入では、子どものメンタル面では大きなリスクを背負うことになるが、それは、人を判断するのに学力に偏った考えが元にあるからだと思う。
 人には様々なものさしがあり、学習面に優れている人の飛び級も賛成であるし、理解できなかった人の留年も賛成なのは、そのものさしの一つの尺度の違いだから、学習面での差も気にする必要が無いのであり、その土壌を豊かにさせたいのだ。
 例えば、ヨーロッパの多くの国の中には留年も気にしない風潮もあると聞いたことがある。
 彼は、留年しているけれど、馬のことについては、先生よりも詳しく知っているので、みんなから一目置かれて、尊敬されている、なんていうことが、ノーマルだそうだ。
 人生、ゆっくり歩く人がいても良いし、速く駆け抜ける人がいてもまた良し。
 そんなことを家内に話したら、全く別の視点で返答された。
 「橋下さんは強い人だよね。色々なことを克服できる強い気持ちを持っていることはよくわかるわ。でも、強い人ばかりで世の中が成り立っているわけではないしね」
 何かガーン!という気持ちである。
 橋下市長ほどの克服する力など私も持ち合わせていないが、それでも、努力して何とか頑張りぬく姿が大好きな一人である。
 だが、こんな考えが素晴らしいのだから、と人にすぐに押しつけてしまう傾向がある。
 克服しようとする力は素晴らしい力であるに違いない。
 これも、ものさしの一つであり、克服しようとする力が弱くても素晴らしい人もいるに違いない。

by 西岡博史
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12.02.23, 00:41

試されてる

 怒りの心理を分析してみると、当然だが、これは自分の思い通りにならない状況で起こる感情であり、自分の理想と現実のギッャプが大きいほど、怒りも大きくなる。
 そうすると、怒りは、自己中心であるが故に起こるのだろうか。
 犯罪や社会の理不尽さに対する怒りは自己中心とは言えないだろうが、それとて究極的には自分の枠に合わない感情に起因して起こるとも言えよう。
 セルフィッシュだとか利己主義だと言われて喜ぶ人も多いはずはない。
 癌細胞は怒りや不満によってスイッチが入り、活性化するとの研究結果もあるそうだ。
 だれもが怒らない方が良いに決まっている。
 穏やかな日々が続いてほしいと願っている。
 怒りや不満の感情が出てきたら、「今、自分は試されているんだ」と思うようにしたら、どうだろう?
そんな悠長な時間などないし、腹が立ったら思いだせないとも言われるかもしれない。
 でも、10回のうち1回でも、「試されている」と思って、その感情を抑えることができたら、素晴らしい。
 感情など抑えない方が良いというのも至極大切な考えだが、いつの日か抑えるのではなく、それが自然な自分の姿になれば嬉しいな。
 ところで、「試されている」って何に?
 畏敬の偶像であり、何の物体なのか、神様か、仏様かもわからない。
 各々が感じるものに対して、と言っておこう。

by 西岡博史
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12.02.21, 23:01

労働基準法の罠

 戦後、日本は憲法を制定し、これを受けて労働基準法が誕生した。
 そして、その後、1987(昭和62)年、この労働基準法第32条は改訂され、「使用者は、労働者に、休憩時間を除き1週間について40時間を超えて、労働させてはならない」という悪法が翌年には施行された。
 週労40時間は今は当たり前なのに、いったい何を言うのかと当然、お叱りの声をあげる方もおられるだろう。
 私が雇用主(使用者)だから、そう言うのかと思われる方もおられるだろうが、とんでもない、と答えるだろう。
 なぜなら、私が被雇用者(労働者)の立場でも同様に考え、同様に思うだろうから。
 "made in Japan"の称号は世界に誇れるものだった。
 ところが、この悪法が成立した頃から、日本生産では賃金が合わなくなり、海外での生産に切り替え始めた。
 そして、歴史的な円高の中で、ふと気づけば、今、日本で何が生産されているのかという時代に突入してしまった。
 世界に冠たる電気メーカーは大きな赤字を抱え、ロータリーエンジンという本来なら追随を許さないはずの性能では名高きマツダは国内生産比率が高く、販売では輸出比率7割にも達しているので、とうとう、今日は1700億円という多額の資金援助を受けたとの報道があった。
 日本には勤勉が存在し、世界で闘えたのに、どこの国の陰謀なのか、まんまと罠にはまり、教育も「ゆとり教育」に翻弄され、気づけば、皆、勤勉を忘れてしまった。
 労働基準法が改正、施行された昭和62年~63年に生まれた子どもたちが初めて高校でゆとり教育に接したので、「ゆとり教育第一世代」などとも言われるのは、偶然なのだろうか。
 そして、バブルは崩壊し、日本はそこから凋落の一途をたどるのである。
 本来は勤労、学習を真面目にしていく大変さが強調されるのではなく、そこから得る充実感、楽しさが強調されるべきで、生ぬるいお湯に入ったままの日本人が、いつ、勤勉さの大切さに気付くのだろうか。
 これからの日本を真剣に憂う。

by 西岡博史
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12.02.21, 00:49

とりあえずは×

 新しい事務所に来て、ちょうど1年ほど。
 毎日奇麗な事務所で仕事をしていたつもりでも、徐々に整頓されずに棚の中が汚くなり始めている。
 今日は朝から仕事の合間を見つつ、電話も数本入ったもののそれほど時間も取られなかったので、思いきって、全ての棚の中の書類や本を取り出して、不要な書類の廃棄をしてみた。
 改めて驚いたのは、最初から「とりあえず」と思って置いたものの数の多さである。
 「とりあえず」で始めて、取り出しやすい中央の引き出しの中に平素は使用しない保証書やマニュアルの類の書類が我がものの顔で居座っている。
 これでは自分の動きに無駄が出ているはずだ。
 少しまとめて移動を始めると、既に一杯だった棚が空き始める。
 40リットルの大きなビニール袋は廃棄書類で一杯となった。
 その後、仕事を始めると当然ながら、仕事効率が良い。
 やはり、やはり、やはり、整理整頓は仕事の基本である。
 「とりあえず」と心で思ったことは、やらない。
 これに尽きるのだ。

by 西岡博史
posted by nishioka   全般    

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