11.06.29, 21:34

車、買いました!

 東日本の大震災を思えば、自動車など購入する時ではないと思いながらも無いと不便である。
 どこへ行くのも自転車と電車で行けるほど便利な場所で仕事をしているわけでもないし、荷物を運ぶとなるとそれも必要。
 色々考え、数年ぶりに自動車を購入する事となる。
 これまで乗っていた車の排気量は5000CC、環境科学を学び、環境を教える立場にある者が「好きだから」という理由でこの車に乗り続けることはやはり無理だと判断し、手放してからおよそ1か月が過ぎた。
 なにせ、オイルも節約し、二酸化炭素排出を抑えるこんな時代に街中で走ると1リットルで3km程しか走らないのでは、話にならない。
 なんと今回1600CCの車を購入したのである。
 いわゆるエコカー減税対象車である。
 街中でも1リットルあたり、15km近く走るようだ。
 エンジン排気量も1/3になって、燃費は反比例して3倍伸びる。
 そんなことも嬉しいが、本当に自分は車が好きである。
 子どもの時に欲しかったものがようやく手に入った時のような理屈抜きの楽しさでウキウキする。
 本当はエンジンの馴らしも兼ねて遠くまでドライブしたい気持ちだが、そんな時間がないことはよく理解しているし、しようと思うわけではない。
 せめて、洗車したいなあ。
 ずっと綺麗に乗り続けてあげたい。

by 西岡博史
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11.06.29, 01:13

 色々なところから電話が入り、まことしやかな話しに自分の心も動く・・・。
 そんことはだれもがあるのではないだろうか。
 そして、真実と噂の違いが明確になると、「そうだと思った!」的な話となる。
 とにかく、人の話には尾ひれがつくのであり、真実とは程遠くなる事態も少なくはない。
 やはり、ご本人に確認して、その話題の真実性がわかるのである。
 情報錯綜時代になって、以前より多分に何が真実か否かわからなくなり、真実とはかい離した情報でも正しいように人に話してしまうから、注意である。
 間違いなく、何の話かわからないまま、地下街を歩くのである。
 そんな一日となってしまった。

 by 西岡博史
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11.06.28, 00:16

危険区域内の動物たち

 テレビ朝日「報道ステーション」で福島原発危険区域20km内における家畜の現状と獣医さんたちがこの動物たちを救おうとしている実情の報道を観た。
 多くの動物たちが餓死していく中で今も放牧されている牛や豚たちが傍らで命の終焉を迎えたものもいながら、命の灯を消さずに生きているものもいる。
 国の方針としては一言で「安楽死」であるが、この動物たちの主の許可を得なければならず、その許可を出した飼い主は1/3に過ぎないそうだ。
 もちろん、主たちは選択のない中での止むに止まれぬ措置だったに違いない。
 これ以上苦しせるにはいかない想いでの選択であったに違いない。
 しかし、半数以上の人たちはこの選択を自ら選ぶことができなかった。
 どちらが良いのではなく、この選択しか途を選ばせない国の方針に憤りを覚える。
 コメンテーターも苦悩の表情を浮かべ、「非常に難しい問題ですね」と言われている。
 本当にそうだろうか。
 どこが難しいのだ。
 いつの日か人間の食料となる動物だから死を選択させるのだろうか。
 放射能汚染の実態を浮き彫りにさせる検体は消滅させなければならないのだろうか。
 戦時中、上野動物園で人間に危害を与える恐れのあった三頭の象の安楽死を拒み餓死を選択されたジョン・トンキー・ワンリーを思い出す。
 人間の勝手で飼っている動物が不要になったから、安楽死で良いのか。
 人間まず優先の考え方は強き者だけが生き残る弱肉強食の本質だから良いのか。
 私は絶対に違うと言いたい。
 何も難しくない。
 不要になったから消滅させる考え方は間違っている、と多くの子どもたちにその政策を知らせることが何よりも優先されるはずだ。
 この動物たちを消しておいて、「地球、自然、親、友達を大切にしなければならない」は通るだろうか。
 枝野さんから「安楽死」の選択の発表はあったが、そこで、「私たちもこの動物たちを救いたい。方法の知恵をお借りしたい」と絶叫した方がはるかに人間らしいし、各々が知恵を出し合うはずだ。 
 知らない、と言うことは恥ずかしいことではない、と常々話している。
 いつも完璧である必要はない。
 だから、わからなければわからない、と言ってみよう。
 その時に本気であなたを思う人に気付くだろう。
 今がその時である。
 立ちあがった獣医さんたちがきっと素晴らしいアイデアでこの牛たちの命を全うさせてくれるに違いない。
 何とか救ってほしい。         
 心の底からそう思う。

by 西岡博史
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11.06.26, 22:27

五香湯

 自宅から自転車で10分もかからない所に銭湯があり、風呂好きの私は一人いそいそと出かけた。
 この銭湯、ただものではない。
 「五香湯」と呼ばれる何代にもわたって、営まれている銭湯であり、わずか410円なのだが、「五香」どころではなく、ヒマラヤ天然岩塩の湯、薬湯、水風呂、電気風呂、泡風呂、ミルキーバス、サウナなど「いくつもの香」が楽しめる。
http://gokouyu.net/
 そして、ここにはオーストラリアのバドガスタイン鉱石の岩盤浴がある、とのことで600円の追加料金を支払い初めて入ってみた。
 弊社彩都駅前教室にあるホルミシスルームhttp://canyonmind.com/hormesis/
と同様で微弱放射線ラドン222のホルミシス効果が期待でき、お店の人のお話によれば、やはりお客さんで癌やリウマチの方にかなりの効果があった、とのことだ。
 そして、神経質な私としては不衛生は言語道断だが、ここの何より嬉しいのは、この岩盤浴のお部屋は新しく清潔であったこと。
 確かにこの部屋は言葉に表しがたいが、相当良い。
 いつまでも身体が温まっている。
 こんな時間に今の私は幸せを感じる。
 少しは痩せたはずと思いながら、自宅に戻ってからのアルコールがうますぎるのでその効果はなかったか・・・。

by 西岡博史
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11.06.26, 01:21

節電

 梅雨のあいまの晴れ間の広がる今日は暑かった。
 思わず、まだ早いかと考えながらエアコンのスイッチをonにした。
 気になったので、経産省のホームページを見ると、設定温度は28℃で推奨されている。
 今年の夏は電気代節約という個人の感覚での「節電」ではなく、何か少しでもお役にたてるのならの思いでの「節電」に迫られるが当然である。
 政治的には15%の節電では産業の発展に問題があるので10%にしなければならない、等議論も活発だが、設定温度28℃には問題も感じる。
 これでは暑すぎて仕事効率が悪いのではなかろうか。
 私はおもいきって、冷やしたら、10分電源を切る方が大変だが、 効率はこちらの方が良いと思うのだが、どうだろうか。

by 西岡博史
posted by nishioka   全般    

11.06.24, 23:11

忘れ物

 私も友人も本当に忘れ物が多い。
 決して注意力がないのではなく、他には気が回らない程、一つの事に意識が集中して向かう現象が多い、と私は平素から真面目にプラス思考で思っている。
 会議をするための宿泊ホテルで風呂から出ると、エレベーター前に片方だけの靴下が落ちている。
 「こんな所に片方だけ落としているアホがいますよ」と私が友人に声をかけると、よもやの返事。
 「僕のかもしれない・・・」
 部屋に戻ると確かに友人の靴下は片方だけしかなかったので、大笑い。
 夜、自宅に戻って、あることを思い出す。
 確か行く時にはブレザーを持って行って、ホテルのクローゼットに入れたはず・・・。
 今度は私が忘れている。
 これまでもホテルに上着を忘れたのは何度もある常習犯だ。
 友人に電話をすると、「それにしても西岡先生、よく忘れ物するよね」
 おっしゃる通りである。
 すぐに、今度はホテルに電話をかけて確認してもらう。
 程なくコールバックがある。
 「確かにお預かりしております。着払いとなりますが、お送りしましょうか。」
 「申し訳ありません。お手数おかけしますが、是非よろしくお願いいたします」
 「あのぅ、お部屋にクリアファイルに入っている色鉛筆で塗られたプリントもお預かりしているようですが・・・」
 それは、まさしく友人の大切なプリントである。
 本当にいつもこの調子。
 これでいて、二人とも社長である。
 従業員の皆さん、すいません。

by 西岡博史
posted by nishioka   プライベート    

11.06.24, 06:06

支えてもらう仲間たち

 昨夜は飲みすぎたわけではないが、楽しい時間を過ごした。
 一年に一度だけだが、全体で集まる会議があり、その後の親睦会で腹を抱えて笑うことになる。
 こんな会議がもう十年ほど続いている。
 もちろん、ここに互いの利益が見え隠れしているのかもしれないが、会議をしていてもそんなことを感じることもない。
 ただ、良いものを作ることに意識して、考えを述べるに過ぎない。
 そのうえ、常に人のことを思いやる心遣いを感じる時もあり、こんな人たちと共に仕事ができることを感謝する。
 本当に自分は恵まれている。様々な分野でのプロと呼ばれる人たちが集い、力を貸してくださる。
 もともと何の力もなかったはずの自分もその人たちからのお力を借りてプロ面できるのだ。
 仕事を介しての仲間意識などありえない、と言われたことあるが、私は本当に多くのこのような人たちに恵まれて自分が存在している、と心底感じる。
 支えられて自分が存在しているのは間違いない。
 感謝しないと罰があたる、なんて思わなくても自然に感謝してしまう。
 今日も会議は続く。

by 西岡博史
posted by nishioka   全般    

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