11.05.30, 23:27

全てはうまくいっている

 「忙しい」とは心を亡くすから「忙しい」などとよく言われる。
 今日も慌ただしく時間が流れていくのだが、夜になって「よくやったね」と自分で言ってやれる余裕のある時は忙しくとも充実している。
 逆にもし何もすることのない日があれば、それは憧憬でもあるが、そんな時間の過ごし方は考えるだけで怖くなる。
 忙しいと思う気持ちと焦る気持ちは実は似ていて非なる気持ちであろう。
 焦るといい仕事もできないし、時間に追われている感覚が出ると、結果もついてこない。
 そんな時にはいい方法がある。
 亡き七田校長に教わった言葉である。
 「全てはうまくいってます。ありがとう」と3回念ずるだけでいいそうである。
 ポイントは、「うまくいきますように」という願望の神頼みではなく、「今、うまくいっている」という進行形で話し、そのことがありがたいと感謝すれば、心は落ち着いてくそうである。
 自分の今を100点と見ることはおこがましいが、そう思えるだけで幸せになれる。

by 西岡博史
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11.05.30, 04:13

ゴールの明確化

 二日間、経営指導というか生き方指導を頂戴する中で頭に刻まれた言葉は「事業継承」である。
 もちろん、用語の意味は理解すれども私に直接関係する言葉であるとはこれまで夢にも思わなかったのが本音である。
 継承できるほどのものを残したと自負もしていない。
 息子たちに継承してもらいたいとも思っていないし、各々自分で好きな人生を歩んでもらいたいのが率直な思いだ。
 しかし、「60歳までの10年で・・・」と先生が話された時、遠くにあると思っていた還暦がそんな身近に来ていると生まれて初めて感じて自分で受け入れることに心が後ずさりしたのが本当のところだ。
 要するにあと10年で終息を考えろ、と言われているのではなく、ゴールの輪郭を明確にしていけ、ということなのだ。
 全てに始まりと終わりがあるという真理からすれば、そのゴールが明確になることで目標、ヴィジョンも見えてくる。
 自分に向かい合うことはしんどいことだが、この二日間、そんな時間ができて有難かった。

by 西岡博史
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11.05.28, 22:24

長良川鵜匠

 私が尊敬し、大好きな㈱ヒューマックスの木村先生からご指導を頂くために岐阜県長良川の由緒ある「すぎ山」さんという旅館に入った。
 夜、生まれて初めて1300年の歴史を誇る長良川の鵜飼いを屋形船に乗船して体験することとなる。
 全国に鵜飼いの伝統漁法を見せてくださる所は数か所あるようだが、ここ長良川の鵜飼いは特に鵜匠(うしょう)と呼ばれ、正式名は「宮内庁式部職鵜匠」だそうだ。
 そうなのである。ここの鵜匠の方々は宮内庁に属する国家公務員であり、どれだけ努力してもなれない世襲でなれるとのことで驚きはそれだけではない。
 現在6名の鵜匠は19代続く方々で、世襲は養子縁組などでは承認されず、全て長男のみぞ、その地位を継承できるそうだ。
 現在6名の鵜匠の方々には全て20代目のご長男がおられるとのこと。
 何か目に見えない偉大なるものに守られているとしか説明がつかない。
 これだけ職業選択の自由がある中、絶対的世襲制を踏襲する子どもたちに違和感はないのだろうか。
 仲居さんに伺うと、幼いころからお父さんのような鵜匠になる、と各々が口を揃えて言うそうである。
 今、世襲と耳にして真っ先に頭に浮かぶのは、政治家だろうか。
 正直なところ、あまり良いイメージはなかったが、ここは日本の伝統を守る為に自らの職業までも決められている世界なのだ。
 肝心の鵜飼は幻想的な漁火の中での鮎の漁だとは聞いていたが、私の思いが大きすぎて、申し訳ないが予想とは違ったが、生の鵜匠の姿が見ることができて感動した。

by 西岡博史
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11.05.27, 22:18

東京の街で

 いつも思うことだが、東京には多種多様雑多な人たちが生活しているような空間を感じるが、そこが刺激的で好きなのかもしれない。
 今日も労働組合系の人たちが行列を作り、シュプレヒコールを連呼していた。
「東電反対!東電反対!」
 思わず、「原発反対ならいざ知らず、東電反対なら、電気のない生活をするんですよね」と突っ込みたくなってしまったが、それを横目にサラリーマン風の人たち二人が「うぜぇ、全くもって、ばっかじゃないの」と言い放っている。
 そして、若いギャル風の子達三人は何も目に入らないような感じでクシと鏡を持って髪の毛を整えながら歩くという神業である。
 だれも悪くないのだろうし、だれもが本音で生きている姿なのだろう。
 その象徴的凝縮図がこの街にあるのだ。
 でも、何か違っている。
 私もその中の一人であるのに、何か違っていると何度も心の中で連呼してしまった。
 
by 西岡博史
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11.05.26, 23:44

ジョハリの窓

 これまで何度も受けた心理学のセミナーや講義では必ず出てくる「ジョハリの窓」をご存知だろうか。
 対人関係における自分との気付きを4つの窓にして説明したモデルだが、久しぶりにそんなこと意識する日となった。
 ちなみに4つの窓とは
1.「開かれた窓」・・自分も他人も気付いているオープンニしている自分
2.「隠された窓」・・自分にはわかっているが、他人にはわからない自分
3.「盲目の窓」・・自分は気付いていないが、他人は気付かれている自分
4.「未知の窓」・・自分も他人も気付いていない自分
 上記4つの窓を意識する自分がいることがある。
 これはどの窓だろう。
 性格的にはなるべく「開かれた窓」でいたいと思うが、「隠された窓」を見て、一人何となく楽しんでいる時が自分にはある。
 特に学生時代は自分は本来まじめであり、コツコツしていくことも好きなのに、故意にさぼっているようにみせかけることもあり、「隠さされた窓」を楽しんだことも多い。
 「盲目の窓」について、友人から話してもらって良い悪いは別としてありがたいと思う。
 そして、最大の関心事は「未知の窓」である。
 この発見の為に毎日仕事をして、勉強しているのかもしれない。
 自分で話すのは余りにも愚かではあるが、この窓こそ無限の可能性を秘めている。
 4つ窓に過去の経験上はどんな事項が入るか各々で考えてみてほしい。
 結論的には、自分の事は自分で一番わかっているようで、実はよくわかっていない。

by 西岡博史
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11.05.26, 02:05

学習発展への我慢

 弊社の教室の日報はメールで流れてくる。
 その中で「嬉しかったこと」という項目があり、私は毎回、ここには目がいってしまう。
 以前には、「嬉しかったこと」の項目に「別にありませんでした」と書いた講師に注意したほどだ。
 そこに気付いてほしい、という気持ちは本音だが、それ以上に私の心が寂しいから、というのが事実だ。
 日々仕事していて、「嬉しかったこと」がなければ絶対にもったいないと思ってしまう。
 今日、某教室長のその「嬉しかったこと」の項目に「タングラムが苦手そうだったSくん(小2)が、今日は10個もやってきました。お母様に伝えると「なんか急に好きになったようです」とおっしゃっていて嬉しかったです。」と書かれていた。
 私もとても嬉しくなる。
 これが学習の本質なのである。
 それは子どもさんを持つ親御さんは胆に銘じてほしい。
 少しの我慢と励ましで、ある時ぱっと先が開けるのがそもそも学習であり、だれもが経験したことがあるのではなかろうか。
 英語など語学も顕著である。
 何のことだろう、と思っていながら、そこで勉強をあきらめればそれで終わりだが、少し我慢すると、ある時パッと開けてくる。
 この時間の我慢が出来るか否かが学習への到達への境目であると言っても絶対に過言ではない。

by 西岡博史
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11.05.24, 20:43

領土問題

 教材作りのミーティングをしながら、領土問題の話題となった。
 人類史のおよそ20万年間からの観点でみれば、全くもって愚かな話であるが、この領土による争いで人々はどれほど多くの人が血を流し、命を落としたのだろうか。
 北方領土、竹島、返還されたが沖縄等々・・・。
 本当に日本固有の領土など存在するのだろうか?
 では、ロシア、韓国、中国、アメリカの領土?
 先住民からすれば、「はぁ?」という感覚だろうし、その先住民とて、長い歴史からみれば、どこからか移住してきた可能性もあるだろうし、結局、人間のエゴであり、いずれの国にも属するはずもないし、所有などできるものではない、と感じる。
 そんな話しをすれば、国としてのルールや秩序は保てないだろう。
 でも、色々な思惑はあろうが、中国の温家宝首相、韓国の李明博大統領が被災地を訪れ、菅直人首相と皆で手を取り合っている姿を見ていると、これが本当の人間のあるべき姿で個々の利権争いをしている場合ではないと心底感じるのである。
 そして、人間は自分のエゴを貫く為、争いもするが、他人の為に命さえもかけることのできる両方の究極の姿を持っているのだろう。
 本来のあるべき姿がどちらなのかはわからないが、後者であってほしいと願う。

by 西岡博史
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