10.02.28, 02:50

新しいPCやってきた!

 月日の流れるのは本当にはやいもので、気づけば2月も終わりである。
 今月はとうとうこのブログ、連続で日付が変わらない時間帯に一度も書けないままであった。
 考えたこともなかったが、ブログ書き始めて丸4年、おそらく初めてのことだったはずだ。
 今日は朝から壊れたパソコンに代わる新人が届けられた。
 前のパソコンには悪いが、新しい機械が来るときには、正直わくわくする。
 OSは初めてWindows7搭載である。
 アプリケーションをインストールし、先代のパソコンから取り出せたデータのお引っ越しをし、メールの設定をしたり、と忙しいにも関わらず、なかなか手間のかかることである。
 それにしても、いつの間にかパソコンは消耗品感覚で購入しなければならないものになった。
 確かに価格も下がったのだが、価格.comから探し出したパソコンは必ず品切れ状態で、最終的には直接電話で在庫のあるパソコンをオーダーした。
 これだけ品切れだから、パソコン需要は大きいのかというと、実は安価なものに集中しているだけで、やはり不景気であるらしい。
 もう今や生活に根差したパソコンだから、つぶれれば購入せざるを得ないが高価な品はそう売れていないようだ。
 思い起こせば、初めて自分で購入したハードディスクのパソコンは1987年、今から23年前で、容量は40MBで確か35万円ほどした記憶がある。
 それが、今回は500GBで10万円もしていないのだから、容量は1万倍以上で価格は4分の1ほどであり、これは大量生産による恩恵であろう。
 技術は日進月歩、だが、人口も右肩上がりに増えていた時代とは異なり、確実に減少している今、今後、生産量も右肩上がりとなるはずもなく、経済もコンパクト化されていくことを前提に物事を考えていかねばならないのだろう。
 私はネガティブに言っているつもりはない。
 好景気に沸いた時、人は物を手に入れ、別の大切なものを失っていたのかもしれない。
 不景気は踊らされていた人間に生きかたを考えさせてくれる警鐘を鳴らしているに違いない。
 少しははやく家に帰らないと・・・。
posted by nishioka   全般    

10.02.27, 01:48

4年後に期待

 今日のバンクーバー五輪の女子フィギアスケートはご覧になった方も多かっただろう。
 私の恥ずかしい心をカミングアウトしよう。
 それは、キムヨナ選手の演技でジャンプする度に何度も「失敗しろ!」と思った自分がいたことだ。
 彼女の規定での演技を観たとき、女王のような気品に金メダルのオーラを感じた。
 新聞では浅田選手の逆転金メダルの期待的な記事が出ていたが、客観的に見れば、キム選手の金メダルは揺らぎ無しと素人の私でさえ感じていた。
 やはり、今日のフリーの演技でも完璧過ぎる演技で観客を魅了した。
 そして、浅田選手のフリー演技で彼女の技術的な高さよりも正にこれは芸術なんだなあと感じた。
 恐かったり、悲しかったりする表情は芸の域である。
 人を感動させる浅田選手の凄さに圧倒された。
 スポーツの採点として考えれば、だれがジャッジしてもキム選手の圧勝だろうが、あの芸術とも言える表現力は世界一だと感じた。
 そう思うと同時に私にキム選手に対して「失敗しろ!」と感じた恥ずかしい心に後悔が走る。
 お互いにミスのないスケーティングをして勝たなければ価値にはならない。
 4年前、トリノ五輪では誕生日が87日規定に足りず、年齢制限で出場がかなわなかった。
 初めての大舞台は悔しさだけが残ったのかもしれないが、その悔しい表情にアスリートしての彼女のプライドを感じ、これから始まる4年間のモチベーションを保ち続けることができるだろうな、と思った。
 4年後は、浅田真央選手はその名の通り、真ん中の中央に立つ忘れものを取りに必ず戻ってくれるに違いない。
 多いに期待しよう。
posted by nishioka   全般    

10.02.26, 04:15

個人面談

 弊社では今、お教室に通う保護者の方々との個人面談シーズンでようやく最終コーナーを回った段階ときている。
 講師の日報を見ていると毎日、お母様方から様々な悩みを伺い、アドバイスをさせて頂いたりしているようだが、実は新人の先生たちにとっては、一番の勉強となっているはずだ。
 私も初めて教室を開いた頃の個人面談は本当に不安ばかりが先行した。
 何か不満を言われたらどうしよう?
 答えることが出来ない質問はされないだろうか?
 若かったので、頼りなくみられないだろうか?
 落ち着いて(老けて)見えるスーツを新調し、決戦に備える心境だった。
 ある日、鏡を見ると、今や普通にたっくさん生えている初めての白い髪の毛を発見した。
 前から生えていたのかもしれないが、気を遣っている自分を改めて認識した感じさえした。
 しかし、要望、不満を直接聞けるのは、今、思っても一番成長できるチャンスの時となる。
 わくわくして、楽しめる余裕などないだろうが、自分が明るく聞く姿勢を持てば、お母さん方とのラポールも形成されやすい。
 是非、このチャンスを楽しんでほしい。
posted by nishioka   全般    

10.02.25, 01:30

my PC永眠なり

 もう2月は本当に慢性睡眠不足で毎日なかなかハードだが、早朝から想定外のアクシンデントが起きた。
 数日前からもうそろそろ寿命かなと思える兆しはあったのだが、高をくくっていると、とうとう事務所のパソコンは全く電源も入らない状況となった。
 電源が入らないと復旧作業もあったものではなく、お手上げ状態だ。
 何度となく電源の強制的on offを繰り返していると、今度は大きな異音を発しながらハードディスクのファンが回り始める。
 それでも画面は暗いまま。
 こんな小さなハードディスクにこの5年ほどのデータがつまっているのに・・・。
 もちろん、バックアップもとってはいたが、明け方までした作業分の保存データは寿命を迎えた機械の中に眠ったまま。
 あーあと嘆息をつくが、息を吹き返すことはなかった。
 たくさん、たくさん、仕事をしてくれてありがとう。
posted by nishioka   プライベート    

10.02.24, 04:27

仕事の喜び

 人がだれかに何かを伝えたいという感情は本能であろう。
 ことばで、音楽で、絵画で、映像で、様々な方法で何かを伝える。
 今、開催されているオリンピック競技も実はその1つかもしれない。
 だから、それを観る私たちも筋書きのないドラマに酔い、感動を覚える。
 レベルは全く違い、同列に並べることさえおこがましいが、私もその伝達ができたと思える時に充実感のような感動を自ら覚える。
 学習材となるプリント等ができあがった時も安堵感と共に嬉しさが正直こみあげる。
 だが、連日、このような時間になっていては問題もある。
 考えている時間の方が多い不効率な仕事に自分でも情けないことはあるが、苦労して完成した時の方が当然その喜びも大きいのだ。
 これこそ勉強も仕事も同じでその喜び、嬉しさを知った者は幸せになれるのだ。
 ・・・そう思わなければ、この時間まで仕事はできない。
 眠いがもう少しだけ頑張ろう。
posted by nishioka   全般    

10.02.23, 02:20

わかろうとしたか否か

 高校入試も大学入試も残すところ、僅かとなってきた。
 大阪府の場合は私立高校についてはほぼ全日程を終了し、いよいよ明日23日は前期試験で、翌月16日の後期試験で本年度の受験は終了となる。
 さすがに、明日本番の子ども達の目は真剣で、教室に自習に来ていた子ども達の横を黙って通り過ぎることも出来ず、多くの仕事が山積していたが、その学習につきあうこととなる。
 実は、こんな時間が一番自分にとっては楽しい。
 入試は理解したことがどれだけの量なのか測るものであり、それは至極正しいが、本来は理解したことが大切ではなく、どれだけ理解しようとしたか、本人の意思が最も大切である。
 これは人間関係においても言える真理であり、先日のブログでも触れたが、相手を理解したか否かが大切ではなく、理解しようとしたか否かが重要である。
 わかってあげたい、と心から思い、わかろうとしたのであれば、必ず時間がたっても相手に伝わるのが、人間関係なのである。
 学習も人間関係も同じである。
posted by nishioka   全般    

10.02.22, 00:54

足を洗う

 食料自給率について考える「こども食料セッション」に参加された鳩山由紀夫首相の様子をTVニュースで観て、妙な違和感を感じてしまった。
 全国から選ばれた小学生「こども食料大使」の大人顔負けの堂々とした質問に対し、ジョークなんだろうが、どうも相手が小学生だけにもっと言葉を選んで欲しいと感じたのだ。
 オンエアされていた場面は以下のようなことだった。
 「こども食料大使」が「最近の農業ブームっていうのは、食料自給率にどのような影響与えましたか?」と質問した。
 それに対し、鳩山首相は「この世界から足を洗ったらですね、すぐ足を洗うとは言ってませんよ、農業やりたいなと。そういう農業をみんなが身近に考えることは大変素晴らしいことだと思います」と言われたのだ。
 問題点は二つ。
 まずは、「こども食料大使」はそのような回答を求めていなかったと思う点。
 鳩山首相の農業への思いは理解できるだろうが、このようなブームが起こっても食糧自給率には影響があるのか否か、しっかりとしたデータに基づく返答がほしかった。
 次に政界から「足を洗う」と言った表現。
 確かに、今は悪業も正業も関係なく、その仕事を辞める場合に使用することも耳にするが、本来の語源からすれば、この発言は問題である。
 裸足で修行から戻った僧が寺に戻り、泥足を洗うことで俗界の煩悩を洗い清めて仏業に入ったことから、悪い行いをやめることに用いる言葉である。
 自身の偽装献金問題も明確に解決していないだけに洒落にならない言い方だが、夢のある子ども達に政界を汚れた場所のように受けとめられる言葉を使わないでほしかった。
 英語でも中国語でも一度「手を染める」と、日本語のように「足を洗う」と表現せず、「手を洗う」(wash one's hands)と表現する。
 食料問題だけに「手を洗って」から話した方が良かったのだろう。
posted by nishioka   全般    

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