10.01.31, 00:18

大きな心と器

 配慮や心配りや優しさ、ほんの少しだけあれば、もっとみんなが笑いあえるのになあと感じることは多い。
 だが、そう私が言いながらも、別の場面では私がそう言われている事だってあるのだろう。
 それはだれもが基準が自分にあるからであり、周囲においている人などいないだろう。逆に自分にあるから、みんな生きていることができ、他人に気を使いすぎていると、心の病に冒されるかもしれない。
 自分が基準だから、人の動きが非常識に思えるのであり、その考えに優しさが少ないなどと批判的になるのだ。
 一昨日の私のブログでも触れたが、同様のことであり、配慮も必要だが、その配慮が不足したことに対して怒りや失望を感じることでもなく、むしろ容認していくことが心の器を大きくいくことにつながるかもしれない。
 だいたい、「こうあらねばならない」などという枠組みは人を縛り付ける。
 「いいかげん」こそ、「良い加減」であるぐらいに思って大らかでありたい。
 特に講師という仕事に就いている者は尚更である。
 様々な子どもを受け止める力量は優しさや配慮と共に容認する心により決まってくる気がする。
 「あらねばならない」と強く思うことで、A君を伸ばすことはできたが、B君を潰したのであれば、講師失格である。
 万民に向く講師は存在しないと言われるが、講師だからと言って子どもを潰しても良いはずはない。
 大きな器と心が持てるように、意識していたい。

 だが、大きな心と器を持っていなければならない、と強く枠組みを作っていては大きな矛盾となる。
posted by nishioka   全般    

10.01.30, 00:54

お通夜に思う

 事務所や教室の改装などで毎月のようにお世話になっている大工さんのお母様が亡くなられ、急いで平服ながらお通夜に参列させて頂いた。
 もう80歳も越えられており、大往生だったとのことだが、寝たきりとなっておられるご主人(大工さんのお父様)は外にも届く大きな声で奥様の名前を呼びながら泣いておられたそうだ。
 年老いてくると、子どもと同じように世間体などもなく、素直な気持ちになれるのだろう。
 ご親戚の方は、「たくさん、苦労かけていたから、余計に泣いているんですよ」などと少し笑顔混じりに話された。
 人はなぜ、生まれてきて、死んでいくんだろう、お坊さんの読経の声が流れる部屋で遺影を拝見しながら、ゆっくりと考えていたが、さすがにその答えも出てこない。
 ただ、間違いなく、このお母様も意味あって、この世に誕生し、成長され、子宝に恵まれ、様々な泣き笑いがある中で日々を送られて、今日を迎えられたことは間違いない。
 故人の在りし日々を偲ぶお通夜って、故人のためにあるのではなく、残されたご遺族の方々のためのお別れの心の準備に充てられるのかもしれない。
 私のその日はどんな日となっているのだろう。
 日々、後悔なく生きてきたと私は思いながら、この世と訣別できるのだろうか?
 残された私の家族や従業員は何を思うのだろう?
 どんな人も必ず訪れる死を考える時はとても大切な時間であるに違いない。
 お通夜や葬儀はそんな自分の生き方をも考える時間となり、大変貴重である。
 ご苦労様でした。安らかに安らかにお眠りください。
posted by nishioka   全般    

10.01.29, 00:17

謝罪と許容

 どんな人にもミスは起こる。
 どれだけ謝罪しても許されないミスも存在しないわけではないが、ほとんどのミスは心をこめた一言の「ごめんなさい」があれば、和解に向かう。
 ところが、時間を延ばしたり、嘘をついたり、誤魔化したりすることで、一言の「ごめんなさい」で終わらなくなる。
 事態は複雑になり、解決の糸口さえ見つからなくなることも起こりうる。
 国同士の戦いである戦争もそもそもの始まりは実は些細なことであったことが発端の場合もあるが、すぐに謝罪しなかったばかりに人を殺めることとなり、もう「ごめんなさい」では終わらなくなり、膠着状況が続く。
 だから、上下関係の伴う人との関係で、先生と生徒でも、上司と部下でも、親子でさえも、「悪かった」と思った方が、時間を空けることなく、誠心誠意謝罪することが大切なのだ。
 だが、被害を受けた側にも、もう一つ、重要なことがある。
 それは、「許す」という考えである。
 いつまでも、「許さない」と人を憎むエネルギーは、憎まれた、ではなく憎むその人自身を苦しめ疲弊させる。
 「忘れる」のではない。
 「許す」ことなのだ。
 きっと、その人にも謝罪できない事情があったのかもしれない。すぐに謝罪できない苦しみもあったのかもしれない。
 「許す」ことはあきらめることでもないし、逃げることでもないし、観念することでもない。
 ただ「許す」のである。
 「謝罪」と「許容」が人の笑顔をつくり、国の平和を作る。
 私はもちろん神様ではないが、「許す」ことができた後の「清々しさ」を体験できたからこそ、こんな話が出来るのである。
 私を信じて「謝罪」してほしいし「許容」してやってほしい。
posted by nishioka   全般    

10.01.28, 00:07

最大の貿易相手国は中国

 どうして、大きな記事とならないのか不思議だ。
 それは、既に以前からこの予想は立っていたので織り込み済みということなのだろうか。
 私にはとても大きなニュースに映る。
 それは、財務省が本日発表した2009年の貿易統計(速報、通関ベース)によると、輸出、輸入を合わせた輸出入総額では、すでに2007年に中国が最大の貿易相手国となっていたが、輸出、輸入ともに今回初めて中国がトップとなった、とのことである。
 日本の輸出相手国は2001年以降、米国が1位、中国が2位の不動の状態が続いてきたが、やはり、世界不況の影響で対米輸出が激減したことで中国が日本の最大の輸出国となった、とも言えるが、アメリカ経済の落ち込みは予想以上に大きかったのだろう。
 特に自動車は前年比51.3%減に落ち込んだのだから、トヨタなど日本の基幹産業の落ち込みは相当大きい。
 アメリカの傘の下で生きてきた戦後日本だが、沖縄の米軍基地移転の問題は今も決着しないことも象徴的で、自分の足で歩き始める時期が来たのかもしれない。
 隋や唐の時代も明の時代も当然、貿易相手国としては第1位であったのだから、不思議ではない中国との交流だ。
 しかし、ずっとこのブログで一貫して主張してきたように、今回のアメリカとの関係が2位となったように、栄枯盛衰は原理原則なのである。
 よって、中国が貿易相手国1位もまた同様に未来永劫続くわけではないだろうが、私たちおじさんの頭はシフトして物を見直す時期が来ているのだろう。
posted by nishioka   全般    

10.01.27, 01:03

JAL頑張れ!

 本当に私は注意欠陥笑(症)なのだろう。
 先日、福岡へ出張した際、ホテルにチェックインしてすぐ、伊丹空港では巻いていたはずのマフラーが無いことに気づいた。
 落ち着いて考えようとしたが、やはり、飛行機に乗るまでしていた後のマフラーの記憶はない。
 翌朝、7時に利用した、今話題のJALに電話した。
 インターネットで調べようとしたが、忘れ物の部署など記載がないので、予約変更受付の大阪にある事務所に電話をしてみた。
 まあ、どこか忘れ物問い合わせの電話番号でも教えてくれるだろうと軽い気持ちで電話を入れると、電話に出られた女性が「私が受付させて頂きます。折り返し、ご連絡させて頂きますので、お願いします」と非常に丁重な対応をしてくださった。
 そして、程なく電話がかかってきて、結局、機内で忘れていたことが判明、福岡空港で預かってくださっている、とのことだった。
 ただ、戻りは新幹線だったので、福岡空港に寄ることもなく、着払いで送って下ることとなり、今朝、荷物が届いた。
 中を開けて驚いた。
 丁重に扱って頂いたことがわかるほど、丁寧に折り畳まれたマフラーは綺麗なビニール袋に入れられている。
 そして、ご丁寧なお手紙まで添えられているではないか。
 心から、ありがとう、の気持ちとなる。
 間違いなく、この度のJALの会社更生法適用は、この担当してくださった女性に責任はないだろう。
 これまでと同様の対応だったか否かもわからないが、私にはやっぱり、頑張れ!JAL!の気持ちとなったのは確かなことだ。
 飛行機はより安全に且つより快適に人を目的地に運ぶのが任務であり、今回の忘れ物の対応は本質とは異なるのかもしれない。
 しかし、サービスとは忘れ物も含めた全てに関わる業務が対象であり、私は、今回の対応で、やはり、これからもJALだと感じたのである。
 資本主義経済の特徴は好景気と不景気がサイクルとなって出てくることだ。
 そう、不景気となって、人は反省し、上に向かう。そして、景気の良さを味わいながらも、また、不景気が訪れる。
 人を反省させるところが、資本主義経済の特長なのかもしれない。
 JALの傲慢さが今日の破綻を引き起こしたなどと言われるが、すばらしき人たちが力を合わせて頑張られる限り、再生は可能である。
 本当に頑張って欲しい。
 忘れ物、確かに受け取りました。有り難うございました。
posted by nishioka   全般    

10.01.26, 00:22

先行体験

 福岡での仕事を終え、急いで博多から新幹線に乗り、新大阪に向かった。
 受験のカリスマとも言われており、私もその著書を読んだことがある吉本笑子先生とお会いし、教育談義に花を咲かせるのが目的だ。
 私のような者が彼女と相向かいで話をさせて頂くだけでも有り難く、楽しみにしていたが、予想以上にオーラのある、そして、気さくだが上品な先生だった。
 彼女の花マル笑子塾は常に盛況で満席になるのもすぐだそうだ。
 http://www.shounet.com/
 それは、彼女の理路整然とした話し方だけではなく、芯を外さない端的な物の考え方とそれでいて心の中の暖かさを感じることが要因だと話していてすぐにわかった。
 何より、彼女の「先行体験」の大切さには大いに共感できる。
 先行体験とは、先取り学習と全く異質なもの。
 実際に教科書を開く所謂「お勉強」をする前に、日常生活に興味をもたせ、知識との出会いを体験させておけば、その子どもはいきいき伸びるという考え方である。
 「知ってる!」「聞いたことがある!」と思える事象に対して、子どもは好奇心を持って取り組めることになるのは間違いない。
 以前にも申し上げたが、例えば、私が作成した「形で覚える都道府県」は「大阪府」や「福岡県」など都道府県の形と県名を楽しく覚えてもらう教材だが、名前を覚えることがゴールではないのだ。
 知っている県名が出てきたら、人は耳を立てるだろう。興味も持てる可能性は高くなるのである。
 そして、地理という分野の楽しさに入っていければ最高の環境提供となるのだ。
 今日は大きなパワーを吉本先生から頂戴できて、とてもハッピーである。
 このご縁、大切にしたい。
 そして、もっと多くの学びを頂戴したいものだ。
posted by nishioka   全般    

10.01.25, 02:00

こいばな!

 日曜日だが、朝から講師の勉強会があり、その講師という有り難い仕事で天王寺に向かったが、その電車の中で失礼ながら、とても微笑ましい会話を耳にしたので紹介したい。
 およそ8名ほどの還暦は超えたであろうご年輩の男女が各々背中にバックパックを背負い、どこか軽い登山かハイクに出かけるようだ。
 その中の男性二人が私の横で話し始めた。
「2月14日はどうされます?」
 私はてっきり次のイベントの計画についての話だと思っていたが、どうやら続きを聞いていると違うようだ。
「もらって、逃げるわけにもいきませんしにね。昨日、ロフトに行ってお返し見るために行きましたら、もう売ってましたで」
 どうやら、バレンタインデーの話のようで一瞬、吹いてしまったが、当人はいたって本気のようである。
 不景気で渦巻く日本社会だが、本当に平和な話である。
 色恋の話に年齢もないのである。
 いつまでも、こんな話ができる社会が続けばいいのになあ、と電車の中で聞き耳をたてながらも私は一人本気でそう思ったのである。
 
 そして、私は仕事を終え、最終の飛行機で福岡に入った。
posted by nishioka   全般    

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