09.07.31, 03:33

普通に生きる

 先日、大学時代の友人が高校3年生を筆頭に二人の子どもを残して、この世を去った。
 癌であり、寿命だったのだと言い聞かせてはいるものの、無念だったろうと勝手に思う。
 いくつであれば、本望でこの世を去るなどとは無いのかもしれないし、究極のエゴが不老不死と言われるほど人の「生きる」ことへの執着は尽きない。
 だが、友人の死を契機に疎遠だった友人と近況などメールで知らせあう回数が増えた。
 自分たちが出会った頃の歳に自分たちの子どもが成長しているのだから、歳をとったものだと言えるが、健康で普通に暮らしていることが如何に幸せか再確認できた、のようなメールが多いのだ。
 そうそう、この「普通に」ということが如何に有り難いか、人は忘れていることがある。
 もちろん、具体的とは言えない「普通」の定義は難しいし、人は、更に上をめざす挑戦できる生き物だから、進化もしてきた事実はある。
 だが、こんなブログを書けたり、読めたりできる今の環境に有り難さを感じないはずはない。
 「普通」が一番素敵なのかもしれない。
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09.07.30, 01:58

We can change.

 京都に向かう電車の中で、先日と同じ光景に出会い、驚いた。
 40代の働き盛りと思える男性が「社員募集」と書かれた求人誌をむさぼるように読んでいた。
 日本の現在の失業率は5%を超えている事実とこの光景が先日も初めて現実としてマッチし怖さすら感じた。
 だが、先日も今日もその隣に座る女子大生(先日はたぶん女子高生)の姿とのコントラストに今の日本が映し出されている感じがしたのだ。
 先日も今日も二人の女の子はブランドもののバッグを片手に携帯電話を取り出し、かかってきた電話に馬鹿な声を出し、話し出し、終わればやはりブランドの化粧品を取り出し、make upならぬmake downをし始め、大声で話している。
 いつの日か母親になるだろう彼女らはどのような子どもを育てるのだろうか。それとも、これも通過する一日でまた常識ある人となるのだろうか。
 どう見ても、今の彼女らが裕福ではないかもしれないが、金銭に窮している状況にも見えないが、隣に座る男性は完全に生活にも困っている状況がうかがえる。
 働き盛りの男性と学生の外から予想できる生活状況が逆ならばまだ見て何とも思わなかったのかもしれないが、この様子はやはり間違っている。
 政治が変われば、変わるのだろうか。
 間違いなく、どこが政権をとろうが大きくは変化しないだろう。
 だが、このコントラストは戦後60年の政治のつけが出てきた象徴でもあり、今後、この様子がおかしいと思い、声を出し続けることで変わるはずだと期待する。
 古い言葉になった感じさえするが、やはり、We can change.なのだ。
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09.07.29, 02:59

サクセスストーリーの主人公

 知人のお願いでアメリカ人夫妻の京都一日ガイドをさせてもらった。
 全米でその名を知らない人はいないほどのメディア関係の大手企業の副社長夫妻だ。
 しかも、事前に歴史的背景も含めて説明してほしいとのメールでリクエストまであがっており、昨夜、実は私は、清水寺や金閣の事前学習を必死でしていた。
 彼らは大変フレンドリーで私も笑いが絶えない一日となり、感謝しているが、彼らから学ぶところが多数あったが、その中の2点お話ししたい。
 彼らは、ニューヨークマンハッタンに住まいを持つ高額所得者であり、人も羨む正にアメリカンサクセスストーリーの主人公の一人である。
 だが、清水寺付近で奥さんがお土産屋さんで買い物をされた時のことであるが、2点で確か6450円だった。
 レジに出力されたその数字を見て彼女は顔を歪めた。
 想像以上に金額が高かったのだ。
 店員さんは既に包装を始めていたが、彼女はきっぱりとキャンセルを申し出た。
 一瞬、「せこい」と思うが、非常にお金を大切にしているし、通常はキャンセルしないが、それは「店員さんに悪い」との思いもあろうが、「格好悪い」と思う見栄も多いのでなかろうか。
 そして、もう1点は自己主張が明確であり、知的好奇心が旺盛であることだ。
 私は自分で一日のガイドプランを立案していたが、自分たちの行きたい所を明確にリクエストしてこられたのには驚いた。
 結果的には、高台寺、霊山観音、清水寺、八坂の塔、八坂神社、円山公園と東山を制覇し、鹿苑寺金閣とまわったのだが、常に興味深く、歴史との照らし合わせをされていた。
 やはり、成功される人は、違うなと感心しきりだった。
 楽しい一日をありがとう。
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09.07.28, 02:15

奢りと高ぶり

 知人の先生と弊社のような塾や幼児教室における奢りについて話した。
 このような場でこの私が書くのも「はて?」の世界であるが、私たちは教壇に立った瞬間、いや、教壇に立つ前も入社し、教室におれば必ず「先生!」と呼ばれる。
 そして、どのようなサービスが提供されるか否か確定していない段階で期待を込めて、事前に月謝、授業料を頂戴し、通常、その期待したサービスの代価に相当しなくとも、一切返金されることがないという、大変、私たちにとっては都合の良いシステムがなぜか常識となっている。
 洋服を購入しに行っても、デザインが気に入り、試着したり、事前のチェックがあり、購入を決定する。少なくとも、サイズが合わなければ、交換されるだろうし、寒さぐらいは防げるメリットはあるだろう。
 しかし、私たちは保護者の期待される成果が出なくても、そのお月謝は頂戴できるし、場合によっては傷つけられても、返金などあるはずもない。
 それでいて、辞めた子どもや保護者に責任をなすりつけて、自分の非は認めない。
 こんな事で良いはずはない。
 せめて、自分も成長させて頂いていることに感謝はしなければならないだろう。
 奢れる者も久しからず、たた春の夜の夢の如し。猛き者も遂には滅びぬ。
 平家物語と同様の経過を伴うことがないように・・・。
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09.07.27, 00:09

仲間

 同じメンバーが全国から年に一度は集まって、打ち合わせをしてもう10年以上の時が流れる。
 常時、顔を合わすわけでもないのに、阿吽の呼吸がとれている不思議な仲間だ。
 この日のために準備してきた様々な資料もあるが、その資料を示すわけでもなく、雑談の中で時が過ぎるが、本当に心地よい。
 きっと一番ではないものの周囲に比べれば年下の私がみんなに甘えて今日まできて許された結果だろうなとも思う。
 だが、一方でこのメンバーの為になるのなら、と睡眠も惜しんで仕事してきたことも何十回で済まないほどでもあり、各々が認め合う仲間だと心から思う。
 仕事は金銭のための労働だと言う人がいるが、綺麗事ではなく、「とんでもない」と言い切れることが経験上わかっている。
 金銭は結果として自ずとついてくるものだと言い切れる。
 目的ではなく、結果だと思える仲間がいて、自分は本当に幸せ者だとしみじみ感じた。
 皆さん、お疲れでませんように。
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09.07.26, 00:24

いらいら

 先日のセミナーで何を学んできたのだろう。
 とにかく、朝からイライラして仕方なかった。
 イライラしていて何も解決しないこと、むしろ、全ての効率を悪くさせることも経験的にもよくわかっている。
 しかし、どうして、こんなにイライラするんだろうか。
 結局、自分の思うように進まないエゴが原因なのである。その傲慢さが引き寄せたイライラなのである。
 そして、自分は何も悪くないのに、理解できない人が多すぎる、などと自分の傲慢さが頭角を現してくる。
 この時間になってようやく自分にも良くない所があった、と思うようになってきて、少し気持ちは収まってきたが、時刻は既に日付が変わっている。
 明日は大切な会議があるが、しっかりとした準備も出来ていない。
 遠方来られる方もおられるのだから、ホストの私が用意周到でなければならないし・・・。
 穏やかな日でありますように。
 全ては自分の心が作るのだから、穏やかな日であるに違いない。
 こんな日があってもいいんだよね。
 ゆったりして、もう少し頑張ろう。
posted by nishioka   全般    

09.07.24, 23:07

バランス

 私は男女同権と言いながら「男は仕事、女は家庭」との考えが根底にあるのだろう。
 どこかで仕事と家庭とのバランスの欠いたスタンスを貫いてきたのだろう。
 はちゃめちゃに仕事をしてきて、このところそれはどこかに誤りがあったのだろうと反省している。
 土曜日も日曜日もなく、子どもたちと遊んであげることもほぼなく、仕事という隠れ蓑をつけて面倒なことから逃げていたのかもしれないし、本当に仕事が好きだったかもしれないし、はたまた、親を見てきてこのスタンスしか知らなかったのかもしれないし、或いは自営が故にどのように休息をとれば良いのかわからなかったのかもしれない。
 実は、いずれもが事実であった気がしている。
 人生を振り返っている余裕もなければ、そんなことしてはならないとも思っていた。
 今日、私よりもはるかに会社の規模も人としても大きい、尊敬する社長さんと話していて、人生にはとにかくバランスが大切であると改めて思った。
 そして、同時に「家族と仕事」「お金と心」「しなければならないこととやりたいこと」等いずれもが相反する対象ではなく、同時に成り立つ対象であると伺い、確かにそうであると感じた。
 どのようにすれば良いのか、恥ずかしながら難しい課題である気がする。
 だが、バランスある人が豊かな人生を歩めるのだ。
posted by nishioka   全般    

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