09.06.30, 21:04

早期教育とプリント

 エチカの鏡や金スマの出演などで話題の久保田カヨ子さんのお陰で早期幼児教育の正しさが掘り起こされている感が否めない。
 何と言っても彼女の強烈キャラはテレビでは面白く映るので所謂、視聴率稼ぎにもってこいなのであろう。
 そして、平素、怒られない中で育ってきた今のお母さん世代には、逆にその強さに惹かれるのではないだろうか。
 リーダーやヒーロー不在の平和な日々で育っただけに彼女の個性がかっこよく見えるのも理解できる。
 そして、その上に脳科学者として日本でも第一人者の久保田競さんがご主人となれば科学にも裏打ちされた教育メソッドだと思えてもおかしくない。
 しかし、その基本的論理を本で読む限りは、七田教育とほぼ同じなのである。
 一部相容れない考えもあるとは感じたが、やはり、七田先生の言われてきた事は正しいのだと改めて感じた。
 ただ、ここで早期幼児教育の問題点を1つ提起しておきたい。
 それは家庭学習となるプリントのこなし方である。
 きっちりとしておられるお母さんほどその罠にはまり、子どもを潰しかねない。
 小学生低学年まではプリントはやらなくて良いと言っているのではなく、やるのを嫌がればそのプリントは捨てるぐらい気持ちで良いと思う。
 確かにプリントをしっかりとこなしてくることで、その子の力はつくし、目に見えて伸びるのは間違いない。
 しかし、それはその成長過程でその子にプリントが適合したからであり、その時期にやらない子は出来が悪いかと言えばとんでもない。
 むしろ、嫌がる子どもに無理矢理与えることで、勉強嫌いとなったり、場合によって劣等感がつくこともある。
 こうなれば何のための早期幼児教育かわからない。
 プリントをすることだけが幼児教育ではない。しなくとも、その子への刺激や親としての正しい考え方、子どもへの接し方を学ぶ機会そのものでお教室に通う意義があるのである。
 プリントはたくさんある能力開発のうちの1つのツールである。
 ここの認識を誤るととんでもないのでご注意頂きたい。
 お受験を目的にしたお教室は決められた時期にゴールがあり、それをこなさなければ不合格となるから、無理矢理でもしなければならない。
 時期がうまく合った子は瞬間的な勝者となれる。しかも、それを育てたお母さんもまた勝者だが、逆の結果が出れば、全て敗者となった感覚になるから危険なのである。
 ゴールがいつか、親が心で感じれば良いのである。
 但し、プリントは目に見える実力をつけるうえでは大切なツールであり、いつも決まった時間に与えようとすることは怠ってはならない。
 いつその子に合う時期が来るかはだれにもわからない。いつもその日が来るまでその時期を窺い、お腹をすかせた子どもか否かを判断するのは親の務めだろう。
 わかっているのに、ついつい、忘れるから子育ては奥が深い。
 私も自戒したい。
posted by nishioka   全般    

09.06.29, 22:37

出張帰りの晩餐

img09060030_1  出張帰りの一人の楽しみ。
 新幹線の中は、読書とプロジェクトXの鑑賞、そして、アルコールと肴である。
 以前にもこの類のブログをアップしたことがあるが、今日は東京駅の大丸地下のお勧めの逸品を写メ付きでご紹介しよう。
本日の献立
1.黒豚焼売(上海饅頭店)
1個94円、大きさの割りにはお高い感はあるが、口に入れるとジューシーな肉汁が口に広がる。
2.大海老のチリソース(上海デリ)
2尾でなんと驚きのプライス、887円、この金額ではためらいもあるが一度口にすると、倒れるほどのぷりぷり感はたまらない。
3.たらばちらし(知床すし)
1680円はやはり、安価とは言えないが、これだけの詰まったたらばがにの肉を食すればもう当分はかには要らないと思う程である。
 
 食事はしめて、3,000円ほど、これにアルコール類がビールと焼酎も加わると本日の晩餐代として、5,000円近くもかかってしまう。
 それでも何より自分に優しい私はよく頑張ったね、と自らに労いの言葉をかけ、贅沢なる食事をアルコールで流しこむ事こそ至福なのである。

とは言うものの今日はさすがに欲張りすぎた。
焼売もおすしも量が多すぎて食べきれない。
こんな生活していたらメタボが解消されるはずもない。
あぁあ!
posted by nishioka   プライベート    

09.06.29, 13:56

家内の実家

 家内の実家は東京である。
 にも関わらず、東京出張は多いが、いつも夜が遅いし、ホテルも嫌いじゃないこともあり、家内の実家で泊まることはまずなかった。
 ただ今回、先日お義父さんの体調があまりよくなかったこともあり、会いたかったので昨晩宿泊させてもらった。
 遅くに寄ったのだが、お義母さん、お義父さんと束の間の時間を楽しんだ。(先方にとってはどうだったかわからないが)
 私の父はある意味サラリーマンの代表選手だったが、家内のお父さんは、経営者であり、私には話がドキドキするほど、興味深い。
 心配したが、体調もいいようで安心した。
 いつもなら、もう寝ておられる時間となったが、お義母さんは、昔の写真まで見せてくださり、腹から笑えた。
 家内の実家とは、当たり前だが、血縁はないわけだ。
 それでも、家族として気持ちよく迎えて下さることが嬉しい。
 思い起こせば、家内の実家と親戚関係を結んで、今年20年となる。(表現が遠回しか)
 有難いなあ。
posted by nishioka   プライベート    

09.06.27, 22:04

あったぁ!

 今晩から東京出張する予定で動き出した。
 ところが、お恥ずかしいことに平素からきっちりとしておれば問題ないことに時間がかかりすぎ、もう午後10時になろうとしているのに、まだ仕事は終えておらず、明朝の出発に間に合うよう、今は粛々と仕事をこなすだけである。
 ただ、何となく情けなく、一段落の為にブログを書き始めた。
 それは、ノートパソコンを鞄に入れようとして気づいたのだが、AC電源が見あたらないのだ。
 自宅、事務所と捜索したが、見つからない。
 教室にも電話してみんなの手を止めさせて探してもらったが、見あたらない。
 サードパーティーで購入するとしても今日中は無理だ。
 最後にいつ使用したことを思い出そうとするが、その記憶の曖昧さにぞっとする。
 平素、記憶法なんぞを指導しているとはとても思えない、日常のいい加減さに我ながら幻滅である。
 3時間以上の無駄な時間を費やし、最後の最後、車の中を見てみると、「あっ!」「あったぁ!」
 一人なのに、声までもが出てくる。
 そして、どうして、早くに気づかなかったんだろうと今度はまたも後悔の念がにょきにょき!
 きっちりと管理することで時間の、というより、人生の無駄は排斥されるなぁと我ながら深く思う。
 
 だが、見つかった時の嬉しさはきっちりとしている人には味わえないはずと思うから、この失態は繰り返されるわけである。
posted by nishioka   プライベート    

09.06.26, 23:41

見える部分と見えない部分

 産学協同開発やら研究やら販売がこのところ、数としては非常に多くなっている。
 元々は大学における研究の成果を学会ではなく民間に対して見せたものが始まりだろうが、研究費が欲しい大学と、大学にコネを作りたい企業の思惑が一致し、数が増加したような感じかもしれない。
 2ヶ月程前から某大学の研究職におられた方々の開発でソフトウェアが完成し、是非見て頂きたいとのオファーがあり、それ以来数度お会いし、意見交換してきた。
 一生懸命だが、当初からずっと頑なに守る姿勢が多分に見られ、ビジネスの視点で見るとなかなか成功しないだろうな、と感じていた。
 確かに自分たちが開発した物についての思い入れが大きいことは私もクリエイターの端くれだと自負しているので、理解できるが、これからの時代は変貌していることに大学の研究機関におられたので見えないのだろう。
 この研究成果が盗まれても或いは、どんどん無料でも良いから使ってほしいという気持ちを発信しなければ特に初物は売れない。
 受け取りたいのなら、手放すことこそ、今の時代のキーワードであり、全ての事に通じると思っている。
 しかし、大学の中にいると、これまで見えなかった一部の事象を見えるように研究をするために、皮肉にも逆に見えない部分が多く出てきて、そのうえ、そうなっている認識も欠如する。これを補うための産学協同なのだろう。
 だが、私にも今の世界で生きているが故によく見える部分と全く見えない部分が出てくる。
 そして、残念ながら、その見える部分だけで常識の枠組みが完成してくる。
 全ての世界で活躍できる人など必要ないのだが、世間の感覚とズレが生じてくるのは好ましいことではない。
 なるべく多くの業種、人種との交流を持ちながら、広い感覚を持てるように意識したい。
 一芸に秀でることで失うものもあるが、バランス感覚を持たなければ、少なくとも良きリーダーにはなれない。
 今回のソフトウェアの導入の見送りは正式に今日決定した。
 
posted by nishioka   全般    

09.06.26, 00:32

横柄になる罠にはまるな!

 人は偉くなると(実は何も偉くなっていないのが本当のところだが)謙虚さがなくなり、横柄になるとはよく書かれているし、言われてもいる。
 それにも関わらず、多くの人たちがその地位や呼称に翻弄され、その罠にはまるのはどうしてだろうか。
 それは、自分は違うと思っているからであり、認識できていないが故の言動なのだろう。
 私のような「先生」やら「社長」やらと共に罠に陥りやすい呼称で呼ばれていると尚更かもしれない。
 まだ20代で独立し、経営者となった頃、退社した会社の新卒同期として入社した友人と久しぶりに飲みに行くこととなり、食事に出かけた際に言われたドキッとする言葉がある。
 今も思い出すだけで重い汗が出る心境である。
「おまえ、店員さんに対して偉そうになったなぁ」
 何気ない友人の言葉にはっと我に返った気持ちがした。
「気をつけなければ・・・」
 深く反省した。
 弱い犬ほど大きな声でキャンキャン吠えるものである。
 日々チェックして、自らの襟を正さないといけない瞬間がある。
 そう、それは道徳の問題と言うより、如何に生きるかという問題である。
posted by nishioka   全般    

09.06.24, 23:58

3歳までの親孝行

 スタッフに可愛い女の子が誕生した。
 もうパパはメロメロの状態である。
 周囲は「娘は違うよね」などと言うが、娘のいない私にはよくその気持ちはわからない。
 と言うより、息子だってその誕生は涙が出るほど嬉しかった。
 時の流れと共にその感動も忘れていたわけではないが、日々の思い通りにはいかないその成長に苛立ったり、安堵したり、腹立たしかったり、嬉しかったり、様々な気持ちが交錯しているのも事実である。
 今日、友人がとても興味深い深いいい話をしてくれた。
「子どもは3歳までその成長を共にするだけで親孝行はもうしてくれたと思った方が良い」
 親はよくどれだけの気持ちであなたを育てたと思っているの、などとある意味勝手な言い分を口にするが、実は、3歳までの可愛さを生んでくれた親に見せるだけで十分親孝行は果たしたという理屈なのだ。
 なーるほど!
 そう思えば、こちらサイドの言い分が通らないのも筋かもしれない。
 3歳までの可愛さをみせてくれただけで十分などと思えば、苛立ったり、腹立たしかったりすることも少なくなる気がした。
 親はなくとも子は育つぐらいの大らかな気持ちで子どもを見守ってあげることが大切なのだろう。 
posted by nishioka   全般    

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