09.03.31, 22:01

言論の自由

 4日前のブログでも触れたが、北朝鮮のミサイル問題は当然だがマスコミの中でも話題にすることが多いようだ。
 昼間、車での移動中だったので、最初から最後まで見たわけではないので、途中での発言に対してここで意見を書くのもどうかとは思ったが、容認しがたい発言だと感じた箇所があった。
 それは、北朝鮮の弾道ミサイルの万一の落下に備え、地上配備型迎撃ミサイル(PAC3)が各地区に配備されたニュースを受けて、コメンテーターは、「このような仰々しい配備が一般化していくことは、今後、自然に戦争突入になるような感じがして怖いですね」と嫌悪感を露わにされた。
 そのうえ、この迎撃ミサイルの金額は防衛省は未公開としているが(これも問題であり、しっかりと公開すべき)、噂によれば1基5億円だそうだ。
 その話題にも触れて「私たち国民の大切な税金がこのような事に安易に使ってほしくないですね」とも発言された。
 一瞬聞き流してしまうようにも感じるが、とんでもないことだ。
 国防に費用を使うことは戦争をしないために必要だと私は考えている。
 すぐにどこかの党首もそのような意見を平然と言われていたが、防衛費を使うことは税金の無駄遣いで戦争へ向かう布石だと言われ、それがあたかもインテリ層を代弁するかの如く言われるがとんでもない。
 「万が一」何よりも尊い国民の命を奪うことになれば、だれが責任をとってくれるのだろう。いやいや、責任の問題ではなく、一度奪われた命は何があっても戻ってこないのである。
 ミサイルだろうが、人工衛星だろうが全く関係ない。
 他人に危害を及ぼす可能性があるものを飛ばすな、と大声で言いたいし、その警告を無視したなら、申し訳ないが、打ち落とさせて頂くのは当たり前のことである。
 だが、ここで私が最も言いたいのは、私の自己主張ではなく、このような意見が正々堂々と言える言論の自由が与えられていることは大変幸せなことであるということだ。
 防衛費の問題も色々な意見があるだろう。
 様々な人が意見を言い合い、そして、最終的には一つの答えを導く。場合によっては不本意であろうが、多数決の方法がとられるかもしれない。
 それこそが民主主義であり、一部の権力者の意見がまかり通ることの方が問題であり、恐怖政治へとつながることがある。
 会社も同じである。
 会社は私が代表権を持っており、最終的には私が責任をとらねばならない。
 だが、会社は公の器であり、私の恐怖政治をする場所であってはならない。
 場合によっては、自分の意見が通らない時もあるが、それも合議制を採用しているわけではなく、会社のあるべき姿だと思っている。
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09.03.31, 02:12

明るさはリーダーの条件

 皆さんも先刻ご承知の通り、無所属新人5氏が争った千葉県知事選は森田健作氏が、民主、社民、国民新、新党日本推薦の候補者ら4人を破り初当選した。
 朝一番のテレビから、1時間しか眠っていないと言われる森田さんは精力的にライブで出演されて、その抱負を語っておられた。
 マスコミは今回の選挙結果に小沢一郎民主党首の責任問題を報道しているが、地方の首長選挙に全く問題がなかったとは言い切れないだろうが、論点が違うと私は感じている。
 森田氏は前回の知事選で惜敗した後、この日のために4年間で1500回ものミニ集会を開き、足で有権者の声を聞き、政策を発表してこられた。
 何より、県民は、東国原宮崎県知事や橋下大阪府知事らのような政党にとらわれない自由な発想と改革する力を彼に求めたのが勝因だと思う。
 もちろん、今回の勝利で政治に対しての勉強もしていないタレント議員が知名度だけを生かして出馬される愚かな事態は避けてほしいのだが、リーダーに求められる最も大切な条件を今回の選挙ではっきりさせた気がする。
 それは、「明るさ」である。
 与党である自民党、新たに与党をねらう民主党、残念ながらその党首にこの「明るさ」が不足していると言えるのではないだろうか。
 時代の変革を求める民衆にとって、明るさはそのリーダーの必須条件に映るのではないだろうか。
 俺は男だろうが、女だろうがどちらでも良いが、明るく話しておられるとその人に懸けてみたくなるのが本心だ。
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09.03.29, 20:33

デジタルサイネージ

 デジタルサイネージ(Digital Signage)という言葉をご存じの方も多いだろう。
 昨年あたりから、よく新聞などメディアで登場する機会も多くなったが、今日、BS放送で特集の映像が流れていたので、興味深く見た。
 「デジタルサイネージとは、表示と通信にデジタル技術を活用して平面ディスプレイやプロジェクタなどによって映像や情報を表示する広告媒体である。
 デジタル通信で表示内容をいつでも受信が可能で、内蔵記憶装置に多数の表示情報を保持することで必要ならば秒単位で表示内容を切り替えたり動画表示を行うなど、多様な映像広告を展開することができる。」出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
 そうなのである。"Digital Signage"と聞けば、電光掲示板とは少し違うような感覚はわかるのだが、確かにその特徴を考えていると面白い。
 少し以前のテレビ広告とは何が違うのだろうか。
 テレビは不特定多数の人を対象にしているので、大衆に訴えるには効果的だが、ピンポイントの人を対象にしていては非効率である。
 一方、デジタルサイネージは、どうだろう。
 例えば、渋谷のスクランブル交差点にはばかでかいデジタルサイネージが大きな音と共に流れている。ターゲットはファッションに敏感な若者にフォーカスした広告である。
 東京国際空港の女子トイレに設置されているそうだが、はっきりと、対象は女性である。おかしな話だが、わずか2~3分の間、閉ざされた空間で集中して見る可能性は高いと言えよう。こんな所にだれが設置することを考えついたのだろうか。
 だが、テレビという機材はだれが用意しただろうか。
 それは他ならない視聴者自らが購入した機材に広告料をクライアントが支払い、成立したが、デジタルサイネージのハード機材は視聴者に負担はない。
 これまで当たり前だと思っていたことを少し角度を違えて見ることができれば、新しいマーケットが広がる。
 そして、人々の生活が豊かになっていく。
 小学生の頃から、当たり前のことを当たり前として見ないで自由な発想で物事を考える習慣がつけば良いのに、と思うのである。
 広告業界が未曾有の不景気であるにも関わらず、デジタルサイネージの市場は、何と今年1兆円規模になるそうだ。
posted by nishioka   全般    

09.03.29, 01:13

父の一周忌

 時の流れは早いもので、父が亡くなって正式にはあと数日で一年だが、みんなが集まりやすい日ということで、一周忌の法要を行った。
 人が亡くなり、その人を偲び、法要の儀を執り行うのは、実は亡くなった人のためではなく、この世に今、生きている人たちの為に行うのかもしれない。
 妹の子どもは今春、大学や高校に入学する。
 弟の下の双子の子どもはまだ年長さんになる年齢だが、久しぶりに会うとみんな各々成長しており、思わず目を細めてしまう。
 こんな家族を残してくれた父に今更ながら改めて感謝する。
 子どもたちが大きくなっていくと、なかなかみんなが一堂に会する機会は多くない。
 だが、父は死して、皮も名も残してくれたわけではないが、こんな機会と大切な家族を残してくれたのだと思った。
 ありがとう、お父さん。
posted by nishioka   プライベート    

09.03.27, 23:58

万が一

 北朝鮮の長距離弾道ミサイル発射に備え、ミサイル防衛による初の破壊命令が出たそうだ。当然である。
 それにしても、日本の平和ボケは一体どうなっているんだろうか。
 色々な有識者の方々のコメントを読んでいると、どうやら、北朝鮮の人工衛星ならぬミサイルは稚拙であり、本当に発射すれば予想した所には届かない可能性が高いが、日本列島を飛び越せるミサイルではない、或いは、発射というのもお得意のポーズであり、それがお金を引き出す作戦の一つだとか・・・。
 おそらく、それは事実だろう。
 だが、もう徳俵に何とか足が残っているだけの北朝鮮が自滅を覚悟して最後の本気の作戦に出たら、どうするのだろう。
 安保理の決議だの全く関係ない団体であることは、全員が認識していてることであり、もっと「万が一」に備えることは大切である。
 本当にそのミサイルが「万が一」日本に落ちたら、どれだけの被害の可能性があるのか、この数日、数紙の新聞に目を通したが、具体的に書かれたものは一つもない。
 しっかりと報道し、国民の安全の担保をしっかりとってほしいし、こういう時こそ、精度の高い迎撃ミサイルの必要性と、それに関わる購入費などを国民に訴えるべきなのである。
 この十年、毎年、防衛費は削られてきた。
 正しいことではあるが、自国は自国で守らねばならないし、こういう時こそ、「万が一」に備えて、私たち国民に正しい知識を知らせる義務が政府にあると思うのである。
posted by nishioka   全般    

09.03.27, 02:33

WBC優勝

 もうこのブログでのコメントも辟易としている方も多いだろうから、別の話題にしようかと迷ったが、どうしても一言。
 今回のWBCのニッポンの優勝の価値は多くの日本人を勇気づけ、550億円もの経済効果ももたらしたと言われるほどの試算報道は間違いない事実であり、そのことに異論を唱える人はいないだろう。
 だが、沈んだ景気回復や愛国心に利用する動きには何の反論もないが、韓国への妙な感情はこの数年起きた韓流ブームに水をさすものであり、反韓感情への助長は許し難い。
 ただ、昨日、アメリカとカナダに住む友人から同じ内容のメールが届いたことはお伝えしたい。
 それは、WBCへの評価は日本とは異なえど、「日本人であることに誇りを持てた」勝利であった偽らざる気持ちである。
 私たちは、立ち位置を世界とした時の日本を見つめた時、自虐的にならざるをえない事を日本から飛び出したことがある人ほど知っている。
 嘗てはエコノミックアニマルなどと呼ばれ(それもある意味懐かしい表現かもしれないが)恥ずかしい政治や経済モラルを今なお露呈し、他方、今なお、着物を着て中国の一部などとも言われて、どこが世界で冠たる日本なんだと思うことは世界を歩けばすぐに知らしめられる。
 だが、どんな国に生まれようが、その自国への愛情や肯定感なくしてアイデンティティなど存在しようがないのである。
 日本に生まれて日本で育ち、そして日本で亡くなる人が殆どの我が国だが、その途中での海外生活が今以上に普通になってくる時代であるはずだ。
 そんな日本を世界から今一度見つめれば何とすばらしい侍魂があり、その結果を残せる国であると今回のWBCは教えてくれたのであり、うがった見方をせず、素直にすばらしかったと拍手を送れば良いのである。
 ただ、原監督自身が「既にWBC優勝は過去のものであり、明日からはジャイアンツの監督として頑張りたい」と表明されている通りであり、今回の優勝は通過点。それを失いかけた一つの勇気として、更に精進したい。
posted by nishioka   全般    

09.03.25, 23:33

変化に対応した日本力

 品川駅前の、嘗ては大きく見えたホテルパシフィック東京が来年9月末で営業を休止する発表を見て、驚き、寂寥感も覚え、そして、納得した感じがした。
 1971年の開業とのことだから、当然老朽化は進んでいたが、初めてここに宿泊した20年近く前は、こんな大きなホテルに泊まるんだ、とわくわくした思い出さえある。
 何と言っても、その立地の良さは変わらないどころか、新幹線の品川駅が完成して更にその利便性は増していたが、一言で言えば、「時代が流れ過ぎた」ということだろうか。
 この数年は、宿泊料のダンピングも大きく、魅力的ではあったが、何となく、古くて汚いイメージがあり、他を利用するようになった。
 都内のホテルも間違いなく過当競争に入っている。コンラッド、シェラトン、マンダリン、メルディアン、ペニンシュラ、リッツ・カールトンなど横文字外資系がこぞって東京進出して、そのホスピタリティを競ってはいるが、時代は円高で海外からの観光客もビジネスマンも激減していることは、偶に東京に行くからこそ、私には実感できる。
 時代の変化に変わり、対応できなければ、取り残されるのは世の常かもしれない。
 わかってはいるが、渦中にいる者はなかなか気づかない。
 そんな日本に、WBC優勝で侍ニッポンが凱旋帰国した。
 原監督のコメント、間違いなく、流行する言葉を言われた。それは、「日本力」一瞬、侍だから、「日本刀」と読んでしまったが、間違いなく「日本力」。それは、原監督流に言えば、「気力と粘り」の2点だそうだ。
 決勝の韓国戦では、まさにこの日本力を見せ付けて勝てたのだが、変化に対応した結果の「気力と粘り」であり、「気力と粘り」だけでは、短期決戦に勝利できても、永く経営を維持することはできない。
posted by nishioka   全般    

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