08.12.31, 22:01

2008年ありがとう

 いよいよ2008年とも終わりを告げ、2009年スタートのカウントダウンを迎えた大晦日だったが、本当に超久しぶりに冬期講習のコマを持ち、受験生を前に英語を教えた。
 教えていて、生徒達との掛け合いが面白い、と改めて感じた。
 いつの時からか、自分の仕事の内容が多岐に渡りだし、授業を受け持つことが無くなりだしたが、本当は何も考えずに生徒を前にして授業を担当することが一番大好きであるのは間違いないし、一番輝く時でもあると認識している。
 このことを仕事にしたくて、仕事を辞めたのも事実であるし、きっと天職なんだろうな。
 何年も担当していなくても、例文もすぐに頭に出てくる。
 身体で覚えた好きな仕事って、そういうものなんだろうな。
 社員の数も増え、自分だけのことを考えていてはいけない責任もあるが、子ども達の中で成長できる仕事はとにかく最高であると思う。
 だが、今は、そう心から思えるスタッフを育成する仕事が自分の仕事であり、感傷主義に浸っている場合ではない。
 色々と考えさせられる2008年であったが、すばらしき2009年となるよう、ご支援下さい。
 人への感謝の気持ちを忘れず、横柄にならぬよう心がけて、不平・不満を口に出さず、健康である2009年でありますよう、自分自身にもエールを送ろう。
 2008年ありがとう。
 そして、2009年どうぞよろしくお願いします。
posted by nishioka   全般    

08.12.31, 03:42

誕生日

 昨夜零時30日の時を刻んで以来、本当にたくさんの人たちから誕生日お祝いメールが入る。
 中には、年齢を誤っている人もいるが、どうして、この日を誕生日と知っていたのか不思議な人さえいる。
 友人や仕事関係も、嬉しいのは当然だが、昔教えていた教え子からのメールはほんと涙が出てしまう。
 自分のような者でも一生懸命していた事が少しでも伝わったんだと思うだけで涙ちょちょぎれものなんだ。
 全ての返信を出すのが無理だが、心から感謝したい。
 さて、私と言えば、朝からパジャマのまま、着替えようと思いつつ、仕事優先と、仕事部屋で過ごす誕生日となってしまった。
 夕方になり、こんな誕生日じゃダメじゃないかと一度は着替えようとしたが、これこそが私らしい日かと妙な納得で再び座り直した。
 誕生日は本来は祝ってもらうのではなく、親に感謝する日だと公言していたのに、その気持ちも母親に伝えられなかったことは残念だけど(むしろ、逆にプレゼントをもらう結果に)仕事ができる今の環境にも感謝したい。
 誕生日はひとつの節目だから、毎年、忘れるはずもないが、今、生かされていることを静かに感謝する時としたいのは本音だ。
 色々な人たちにありがとう。
posted by nishioka   プライベート    

08.12.29, 21:23

年の瀬迫る仕事

 思い起こせば、昨年末もこの展開だったが、本日も東京から打ち合わせのため、弊社事務所に足を運んでくださった奇特なる方がおられる。
 大変失礼な言い方に聞こえるかもしれないが、経営者ならともかく、サラリーマンがこの年末の休日を返上してはるばる大阪においで下さるのだから、頭が下がる。
 私もその思いに応えなければ男じゃないと思いながら、弊社にも年末の休日でありながら、出勤してくれている社員がいることが頭をかすめる。
 責任感?自己の目標達成感?様々な理由が自発的休日出勤には理由があろうが、私には、「やってあげよう」という慈悲と「やらねばならない」という義務感が錯綜した結果の行動にもとれるが、私もその気持ちに何らかの形で応えてあげなければならないのは本当のところだ。
 だが、昨日の同窓会でも話題になったのは、ボーナスカット、ベースアップカット、果ては倒産の危機など、重くなる話題ばかりが先行したが、そんな時代に仕事が出来る有り難さも感じる。
 自分が頑張ることで救われる人たちが出てくると信じられる気持ちはエナジーの源となる。
 自分でなければならないと思える「思い上がりの気持ち」は、「やり甲斐」にも通じる。
 仕事をさせて頂いた今年に感謝し、これからも仕事をさせて頂けることにやはり、感謝に感謝を重ねてみよう。
 重い病気になることもなく、こうして一年を終えることができる。ありがとう。
 今年は、生まれて初めて親を失い、お見送りをさせて頂くという経験もさせてもらった。
 悲しさも経験したが、来年も暴れ回ってやるぞ、と心に誓うのである。
posted by nishioka   全般    

08.12.29, 02:28

「怒って」と「怒らずに」

 同窓会があり、楽しいひとときを過ごした。
 いつものメンバーに本当に何十年ぶりの顔も加わる。
 ふざけた馬鹿話しの連発だったが、真面目な話しも加わる。
「空き缶やゴミのポイ捨てをする人は、自らツキを捨てているようなもの。注意しても仕方ないが、可哀想な人たちであり、生き方の問題だから、僕たちはそんな人になってはいけない」 殆ど真面目な話をしない友人がどこからその話がきたのか忘れたが、マジ顔で、話し出した。
 そう言えば、国道の信号待ちで車から灰皿の吸い殻を捨てた人に、「怒って」注意をして喧嘩になったことを思い出した。
 何に問題があったのか、それは「怒って」の部分なのである。
 「怒らずに」心をこめて話して喧嘩になることは希なのである。
 殆どの人が良くない行為を頭ごなしに「怒って」注意されても、素直にきく気はしないだろうが、「怒らずに」であれば、聞く耳を持ってくれると期待する。
 ただ、今年も起きた数多い理不尽な事件を思い起こすと、そんな当たり前だった注意も安易にしてはいけない、と寂しいことだが感じたのも本音である。
posted by nishioka   全般    

08.12.27, 23:20

宝物

img08120028_1  いよいよ年の瀬迫り、本年の納会。
 朝から、氏神様でもある近くの神社に従業員を連れて今年も恒例となった仕事をさせて頂いた感謝を申し上げる参拝に出かけた。
 本当にありがとうございました。身も引き締まる思いがする。
 夜になり、忘年会。
 ここで、従業員から私の誕生祝いのサプライズを受ける。
 毎年、涙ぐましい創意工夫を感じ、嬉しくて仕方ない。
 心から感謝する。
 すばらしい従業員に囲まれて、日々の仕事ができるのだから、今年も良い年だった。
 不景気の風が吹き、次年度の世間の雲行きも怪しいが、志を同じくする人の和が輪となり、仕事をさせて頂けるのだから、私は幸せ者である。
 どうぞ、来年もよろしくお願いします。
 サプライズで頂いた作品を写真に納めたので、ご覧頂きたい。
 私の宝物であるスタッフが写っている。
posted by nishioka   全般    

08.12.27, 04:06

流れに身を任す

 友人と電話で話した。
 努力することは大切だが、流れに逆行した努力は結局は破綻を早めると思う。
 だから、今の流れ、即ち、決して時流に迎合したわけではない真の流れを掴むことが大切で、その流れに沿う泳ぎに対しての頑張りは必要だが、逆行して泳いでも徒労だけに終わるということだ。
 徒労に終わる努力は、長い人生を考えれば無駄とは言えず、知恵として残るだろうが、できれば、今の川の流れを知って、その流れに身を任すことが重要な気がするのだ。
 決してネガティブな考えではないことを前置きして言うなら、川の流れがどこを向いているのか察知することが最優先することで、そこに対して、パドリングするわけである。
 そう考え、今の泳ぎは、流れに沿った頑張りなのか否か自分自身で判断すれば、気持ちは楽になる。
 自然に身を任すと多くの先人たちが残してくださった言葉は、努力と対極した位置にあるのではなく、換言すれば、努力を伴う流れを知りなさい、という意味ではないだろうか。
 時々、私たちはその流れも考えないで、もがいている事が多いが、「なんだ、川の流れは、こっちなんだな」と思ってから、腕や足を動かせば、さほど大変なことではないと感じる気がする。
 しなければならない事から逃げていてはいけないので、与えられた課題は債務でもあると考え、何より優先してその履行はしなければならないが、次の行動は流れを掴むことであり、その流れに身を任すことで次の世界が広がるのである。
 では、川の流れはどこを向いているの?
 努力した人のみぞ、わかる・・・これでは、意味のわからない問答となってしまう。
 究極の哲学であろうか。
posted by nishioka   全般    

08.12.25, 21:03

学習効果をあげる跡を遺す

 知人の親子が相談に来られた。
 関西では私立中学の名門中の名門に通われる保護者の方と現在、中学3年のご子息だ。
 中高6年一貫教育なので、高校進学は問題ないが、現在、学校についていけてない学習状況で、改善の相談となった。
 学校でのテキストやテストなど持参されたので、内容を見たが、数学も英語も当然だが、中学の学習領域を超え、高校の領域に完全に入っている。
 消化できていないままのスピードの速さに子どもが取り残されている状況で、周囲との比較が出来ない彼は、自信も喪失しているのが実は学習の理解ができていないことよりも、重要な鍵を握る。
 自信のない状況での改善は難しいが、言葉だけで、自信が解決されるはずもなく、このままでは悪循環を繰り返すことになろう。
 結果論だが、こうなれば、進学校に入学したばかりに受ける悲劇ともなる。
 だが、じっくり考えてみれば、難度の高い学校に入学できた実力は元々あったことを忘れてはならないし、こちらの質問意図もしっかりと把握し、その答え方はピンポイントで当を得ている。
 しかし、数学も途中の計算式は、どこか不要な紙に適当に書く悪しき習慣が付いてしまっており、どこでのミスか自分でも不明な状況を作っている。
 英単語も基本単語もしっかりと覚えてきた跡がなく、基本のない上に物を積み上げている不安定な状況である。
 数学の計算も英単語を覚えるためのノートも別に作り、そこに日付も入れながら跡をしっかりと遺すことに専念するようアドバイスした。
 これだけ覚えるために練習したのか、或いはしていないのか、他ならぬ自分で認識することは、とても大切な事である。
 多く頑張った跡は自分の自信回復にもなる。
 だが、話していて、お母様に申し上げた。
「受け答えも含め、とてもしっかりとされており、明朗だし、成績云々ではなく、とてもすばらしいお子さんに成長されておられますよね。まず、それだけで十分と思い、認めてあげることですよね」
posted by nishioka   全般    

6313173