08.04.29, 22:35

注意書きに学ぶ

 広告色彩は若干強いが、内容は大好きなメルマガがある。
 代表の方とも面識があるだけに楽しみながら拝読させて頂いているが、「そうそう、いいこと書いているなあ」と思ったので、少し触れてみたい。
 大変流行っている某居酒屋のトイレに入ると、そこに張り紙があったそうだ。
「いつも、きれいに使っていただき、ありがとうございます」
 人間は、不思議なもので強要されたり、無理強いされると反発を覚えることは確かにある。
 普通なら、「みんなのトイレ、きれいに使ってね」ぐらいが適当なセリフであろう。
 ところが、きれいに使ってもらうことを前提に書かれていると、自然にきれいに意識するのではなかろうか。
 張り紙に限ることではない。
 そう言えば、どうも最近、私は、プライベートな場面で、こうあるべき論を展開しすぎて、強要していたのではないか、と反省するのである。
 もっと、良くなっていることを前提にしたストローク(投げかけ)があってもいいのではないか、と反省したのである。
 さてさて、どんなストロークになるのだろうか?
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08.04.29, 00:06

鼻と鼻の間で作る

 朝から終日、弊社社員研修を㈱ヒューマックス代表の木村孝先生とエニアグラムの中関佳子先生のお手伝いも頂戴し、行い、大変心地よい時間を過ごさせて頂いた。
 私から社員のみんなに求めるものは、会社の利益でも何でもなく、自分の目の前にいる人、全てに喜んで頂きたいと思う姿勢と個々の幸せにあると本音で話した。
 そして、自己の理解と受容を通して、他者の理解と受容できるメカニズムについてワークをしながら理解を深めた。
 また、弊社の良いところを社員各々が話し合い、書き留めてくれたが、ほんと、涙ものの字句が並んでおり、大変嬉しかった。
 手前味噌だが少し紹介しよう。
・各々に思いやりがあり、助け合いの精神がある
・個々を大切にする姿勢・気遣いがある
・争いがない
・女性が働きやすい
・意見を聞いてくれる
・仕事への意欲が高い
・知識・感情・情報の共有が出来ている
・チームワークがよい
・相談できる人がいる
・コミュニケーションがとりやすい
・意志決定及び行動が速い
・数字管理に走らない
・居心地が良い

 本当に上記が社風となり、定着すれば凄い集団だと感嘆できる。だが、同時に他方、私には課題も感じている。

 今後も、私がひとり一人と顔の見える距離で仕事をする機会は少ないが、このすばらしき仲間を支える大きく太い柱になれるよう努力は惜しまない覚悟である。

 終了後、両先生と食事をしながら、少し話をさせて頂いた。
 「耳と耳の間で作る」ものも大切であり(ご自分の顔で位置を確かめて頂きたい)、これは内観するには効果ありだが、コミュニケーションは「鼻と鼻の間で作る」ことを意識しなければならない、という面白い話を伺った。
 なるほど、私たちは、時々、コミュニケーションを便利なツールに頼ったりして「鼻と鼻の間で作る」意識を忘れていることがある。
 自戒したい。
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08.04.28, 02:19

努力

 久しぶりにゆっくりとした時を過ごし、本を7冊読むことが出来た。
 尤もしなければならない仕事を思い出し、夜になってばたばたとし、結局、もう午前2時。本当に時間の使い方がいくつになっても下手である。
 それにしても、今日読んだ本の中にも、努力することの大切さが書かれていたが、正にその通りだと思うのである。
 学生時代は、努力も好きではなく、努力している人を身近に見ても正直要領が悪いとも思い、余り好きではなかった。世の中は、要領が勝負だなんて、嘯いていた気さえする。
 ところが、この数年、努力している人を見て、心からすばらしいとも思うようになり、例え牛歩の如く進もうが、努力できる人が最後には幸せも掴むはず。
 そんな風に思うようになると、不思議と自分の周囲にも努力の尊さを知る人たちが集まりだした気持ちがする。
 そして、そんな人たちが自分を助けてくれるのだから、本当に有り難い。
 鈍くさくてもやり抜いてみよう。
 時間がかかってもやり通せば、失敗はないのである。

 それにしても、この私がこんなことを今思うなんて、学生時代を知る友人達は目を丸くするに違いない。
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08.04.26, 21:40

休みたいなら辞めろ!

 「休みたいなら辞めればよい」と発言したとされる日本電産の永守重信社長に批判が集中しているようだ。
 連合(日本労働組合総連合会)の高木会長は東京都内で開かれたメーデー中央大会で「言語道断。労働基準法が雇用主に何を求めていると思っているのか」と、同社長の姿勢を強く非難された報道を読んだ。
 永守社長は「社員全員が休日返上で働く企業だから成長できるし給料も上がる。たっぷり休んで、結果的に会社が傾いて人員整理するのでは意味がない」と公的に語ったともされる。
 私は、これまで永守氏の著書を数冊読んだことがあり、尊敬できる方であり、他人にも厳しいが、何よりご自分に対する厳しさはとてもまねが出来ない、と背筋伸びる思いで拝読した記憶がある。
 その急成長ぶりを見ても納得できる。
 昭和48年、28歳の永守氏を含むエンジニア4人で、染物屋の2階で日本電産を創業された。人も金も信用もない中「人の倍はたらく」「仕事に対する並はずれた熱意」をモットーに急成長を遂げ、何と、創業僅か15年で、大阪2部上場。業界最後発ながら、小型モーターのシェア90%を握る、世界有数の企業を築かれたのだ。
 その本には、創業時より、人材育成に重点をおいた「情熱」「熱意」「執念」をもった若き企業集団として躍進。「ハードワーク精神」「三流を一流に変える人材育成法」「すぐやる、必ずやる、できるまでやる」など、数々の経営哲学を打ち立てたと書かれていた。
 その永守社長だから、この度の発言も至極納得できる。
 全く規模も異なるのにおこがましいが、私も創業時は全く休むことなく、毎日、朝から翌朝まで仕事をしていたような記憶さえある。
 しかし、その時が辛かったかと言えば、そうでもなく、お金も無かったが、夢もあったし、大きくなりたいと常に思っていた気がする。
 だからこそ、永守氏の「休みたいなら辞めればよい」発言もよく理解できるが、今の私は正直賛同できかねるのである。
 社員従業員が一丸となり同じ夢実現に向かって、躍進する時代に終止符は打たれた気がする。
 会社の成長にベクトル合わせは不可欠だが、社員従業員各々個々の夢実現に向かって、会社というフィールドを最大限に利用する時代に入っているはずだと思う。
 だからこそ夢のない日々を送る社員が多いのも問題であり、規模の大きさに関係なく、各々が幸せだと感じるお手伝いをするのが経営者の務めだと感じるのである。
 ただ、連合の雇用者VS被雇用者の構図作りには、正直辟易とする。
 もっと別の形がある気がしてならない。
 私のような小さな会社数社が稼働している者だから言える発言であり、ご容赦頂きたい。
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08.04.25, 23:39

褒められて育つ

 私がブログを毎日アップするようになってから、とても面白い現象が起きていることに改めて気づかされる。
 それは、「情報は発信する所に寄ってくる」という真理に遭遇する事が度々ある。
 例えば、「この本読まれました?」「こんなセミナーありますよ」「この先生と一度会われるといいですよ」などなど。
 皆さん、私のブログを読んでくださっており、それなら、こんな情報は役立つだろうと教えてくださるのだ。
 スタッフから、かなり直接的だが「ブログねた」というタイトルでメールをもらった。
 読んでみると、「確かに!」私の大好きな情報だった。

 以下、抜粋してご紹介してみよう。

4月24日14時45分配信 毎日新聞
 褒められる気分はお金をもらう気分と同じ?!--。自然科学研究機構生理学研究所(愛知県岡崎市)の定藤(さだとう)規弘教授らの研究グループは、人が褒められた時と、現金などの報酬を受け取った時に脳内の同じ部位が反応していることを突き止めた、と発表した。24日付の米国脳科学専門誌「ニューロン」に掲載された。
 研究グループが着目したのは、脳中心部にある「線条体」と呼ばれる部位。線条体は、食べ物やお金などの「報酬」に対して反応を示すことがこれまでの研究で判明していた。
 実験では、大学生の男女19人(平均年齢21歳)を対象に、脳の血流量を測定した。「信頼できる」や「優しい」といった84種類の言葉を見せて褒められる状況を与えたところ、金銭を得た時と同じように線条体が活発に反応する様子を撮影することに世界で初めて成功したという。
 定藤教授は「子供は褒めると育つと言われるが、褒めることも金銭や食物と同様の『報酬』として脳内で処理されていることが明らかになった」と話している。

 脳に関する本もこれまで随分と読んできたが、「線条体」なる名称に関しては気に留めることもなかったが、今後注目していきたい部位である。
 「褒められること」は、やはり、「報酬の受け取り」なのだ。これなら、たくさん貯金できるぞ、いえいえ、貯金させてあげられると思えた人はすばらしい。
 たくさん「褒めて」、たくさん「褒められたい」
posted by nishioka   全般    

08.04.25, 00:50

いじめ

 いじめの問題が社会問題として表面化してもう何年にもなる。
 いえいえ、有史以来、人間社会においては、常に存在してきたものかもしれない。
 特定の人に対して、肉体的或いは精神的苦痛を継続的に行うことを「いじめ」と呼ぶのだが、そのうえに「集団で」という副詞的な語句が上につくのが、今のいじめだと思う。
 特に一人に対して行う陰湿ないじめはたちが悪いが、それは、実は弱者が徒党を組むことで、強くなった錯覚を利用していることにいじめる側が気づいていない。
 私は、今は、会社の代表としてこんな教育者ぶったブログまでアップしているのだが、元々は恥ずかしながらいじめっ子だったのは間違いない。
 ただ、徒党を組んでしようとしたわけではないことが、私なりの言い訳なのだが・・・。
 しかし、学校で会社で様々ないじめが横行している事実を耳にする機会が多い。
 「ストップ!」と声を出す勇気がないことも理解できるが、こんなことあっていいはずがない。
 いじめている側もいじめている意識さえないこともあるだろうし、時間の経過と共に気分良いものでもなくなってくる。
 どうだろう、せめて、そのいじめに荷担する自分でいないように日々の注意をしてみることは大切ではなかろうか。
 「あの人、いやだと思わない!?」
 そんな誘いに「そうは思わないけど」と言ってみることが大切なのだ。そこまで言えなくても、せめて、同調だけはしない自分が存在して欲しいのである。
posted by nishioka      

08.04.23, 22:14

記録途絶える、でも・・・

 昨夜は、友人の市議会議員当選のお祝いで、帰宅は朝となってしまった。
 これまでなら、ここで帰宅してからどれだけ眠くてもブログアップまで頑張るのだが、洋服を脱いだら、そのまま眠ってしまった。
 それでもすぐに起きたのだが、とうとうブログを書くことなく、夜を迎えた。
 ついに、2006年2月から書き続けたブログも1日の空白を作ってしまった。
 記録は途絶えたが、何かほっとしたような気持ちでもある。
 ところが、何人もの人から、「ブログがアップされていません。何かあったのか?」というメールが届く。
 こんな私の身の心配までして頂き、心から感謝申し上げる次第で、有り難いことである。
 これからは、毎日書き続けるとは言わないでおこう、と昼間一度は思ったが、こんなにたくさんの人からご心配頂けて、メールまで頂戴したからは、また、最初の一日目からとなるが、ブログ書き続けることにしよう。
 従業員にもいつも言うこと。
 それは「継続は力なり」である。
posted by nishioka   全般    

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