08.01.31, 23:38

ご縁の広がり

 今朝から嬉しい電話とメールが続いた。
 私とは別次元での仕事つながりの人同士が、私とは関係のない仕事で出会い、新たな仕事となった感謝のメールだった。(何のことかは不明だが、私の話題で盛り上がったとか・・・)
 電話はNew Yorkからで、元の弊社の従業員で彼女は今、New York郊外の高校で教師をしているが、是非、大阪・京都で交換留学がてきる姉妹校として提携できる学校をさがしてほしい、という依頼であった。
 心当たりのある学校があったので、連絡を入れさせて頂いた。
 もちろん、この先、どうなるかは全くわからないが、継続した「ご縁」が実感できると、私には、幸せ感が広がるのである。
 人は一人では生きていけない。
 そして、目に見えない色々な力を頂戴したり、与えたりしながらある種のご縁の下で生きていると言えよう。
 一人で生きてきた顔をしていると、必ず痛い目に遭う。
 「ご縁」の力は本当にあるのだ。
posted by nishioka   全般    

08.01.31, 03:29

睡魔と闘いながら・・

 本日は、一歩も外へ出ることもなく、デスクワークだけで時が流れた。
 昨夜も殆ど眠っていないが、今夜も既に午前3時を回っており、まだ仕事は山積の状況にある。
 昼間にも睡魔が襲い、今もまた睡魔が忍び寄る。
 こんな生活していては、良くないと感じながら、ふと考える。
 自分にしか できない仕事って何?
 自分だからこそ できる仕事って何?
 自分が やらねばならない仕事って何?
 自分にとって やり甲斐のある仕事って何?

 そして、今、自分がしなければならない仕事って何?

 好む好まざるに関係なく、仕事なんだから、頑張らねばならない。
 どうも、私は「信頼」を頂戴するために、仕事を抱えすぎ、時には、その「信頼」を失いかねない、と反省するのである。

 睡魔は、私に理屈というお土産を持参して、やってくるようである。
posted by nishioka   プライベート    

08.01.30, 01:40

努力が条件の「縁」

 次男坊の合格発表が終わって、1週間以上の時が流れた。
 それでも、毎日、顔を合わせるたびに合格した次男坊は顔がニコニコで、こちらもつられて、相好を崩してしまう。
 当然かもしれないが、そんなに嬉しかったんだね、良かったね、と心からそう思う。内心、私個人としては、別の学校への進学も望んでいたのだが、子どものそんな様子を見ると、今はこの決定に満足している。
 一方、ようやく、進路先が決まった知人から、家内の携帯に、こんなメールが入った。
 「うちはやっと終わりました。○○学校にご縁がありました。19日、21日に受ける△△学校がだめで長い日々となりましたが、最後まで挫けず、勇気を持ってよく頑張りました。ともかく終って本当に嬉しいです。」
 本当におめでとう。そして、我が子の頑張りを素直に認められているこのお母様に大きな拍手を送ってあげたい。
 私の教え子も、確実と思われていた難関校の前期で失敗し、滑り止めには合格したものの、納得できず、やはり難関校と呼ばれる後期試験に臨み、最後の最後に合格の切符を手にした。
 合否は時の「運」ではなく、努力が条件の「縁」なのである。
 ご縁のあったところで、一生懸命頑張って欲しい。
 その場で、一生のご縁ある友人との出会いもあることだろう。だれにも書けない筋書きのないドラマがある。
 年老いても色褪せること無いそのドラマの始まりだ。
 
posted by nishioka   全般    

08.01.29, 00:08

小学部プログラム開発

 名古屋で七田チャイルドアカデミーの小学部新能力観コースプログラム説明会に講師として参加させて頂いた。
 この数年、七田チャイルドアカデミー教務スタッフや弊社スタッフも含めて心血を注いだプログラムだけに説明する私も思わず力が入るのである。
 終了後、中部のオーナー先生方と子ども達を思うプログラムの在り方について意見を交わした。
 子ども達にとって、如何なる能力が大切なのか、真剣に話される先生達って本当に素敵なのだ。
 このような人たちと仲間でいられることが嬉しすぎる。
 多くの叡智を結集したよりベターなプログラムリリースに向かって、更に心血を注ぎたい。
 純粋さに胸打たれる時って本当にあるんですよね。
 明日からのプログラム開発のエナジーを頂戴した。
posted by nishioka   全般    

08.01.27, 23:11

初心に戻って

 今日は、豊中少路教室の発表会だった。
 私は、打ち合わせもあり、中座することとなってしまい、大変残念だったが、懐かしい成長した面々と出会えて、嬉しかった。
 少し会わないだけで、大きく成長している。
 終了した後、スタッフたちと小さな反省会をもった。
 
 豊中少路教室のスタッフたちの言葉が胸を温めてくれた。
「一生懸命頑張っている姿を見て、胸が熱くなりました」
 いいなぁ。そうなんだよねぇ!
 自分の担当している子ども達が頑張っている姿は、保護者の方達と変わらないほど、感動させてくれる。もちろん、発表前のドキドキ感も身内と何ら変わらない。
「いつもの力が出せますように」なら、まだ良いが、「今日こそ、うまくいきますように」などと祈る時さえある。
 忘れてはならないが、少し忘れていた気持ちが去来し、改めて、講師のすばらしさを感じた。

 一生懸命の姿に人が共感を覚えるのは、対象が子どもだけではないのだ。
 大人同士でも、心動かされることは決して少なくない。
posted by nishioka   全般    

08.01.27, 00:42

作文の上手な書き方

 私自身も文章力があると自負しているわけではないが、文を読むこともそうだが、書くことには本当に時間がかからないことは自慢の一つかもしれない。
 先日も作文・論文の上手な書き方について質問を受けたばかりだが、今日も保護者から同様の質問を受けた。
 大好きだった小学校の時の先生から言われた言葉が今も心にも残っている。名言だとも思うのでご紹介しよう。
 「作文は、自分の思いを伝えるからと言って、自分のことだけを考えていてはだめなの。自分以外の人に読んでもらう、そう読んで頂くという謙虚な気持ちが必要だわ。だから、作文を書くには思いやりの心が必要なのよ」と言われた。
 わくわくさせたり、続きが読みたいと思ってもらうには、どうしたらいいか、と考えながら書くことなのである。
 だから、文字もなるべく丁寧に書かねばならないということなのだ。
 次に、上手な文を何度も写して、暗記して、自分が使えるリズムを体得すること。「習って学ぶより、真似ろ」の精神が大切だとよく言われていた。
 また、文章が進まない子どもは、一行目に会話文や自分のその時の気持ちを「 」に入れて書き始めるとつづきが書きやすいことを教えて頂いた。
 すぐに実践できることだ。
 最後に一番重要なポイントは、自分が作文を書くのが大好きと思うことである。好きなことは伸びやすいですよね。

 私も毎日このブログを書くのを楽しみにしている。
posted by nishioka   全般    

08.01.26, 00:31

人生の結果

 今年の中学入試は近畿圏ではいよいよ本当にラストとなってきた。まだ受験可能な学校は数校だけ。しかも、それは若干名の募集であり、実質的には終了したとも言えるだろう。
 事前の模試では、合格圏に入っており、大丈夫と思っていても、そうならない場合も当然あるし、その逆も起こる現象である。
 第一志望に合格できなかった場合、その気持ちの切り替えをまずは親が出来なければ、子どももその結果を引きずったままの中学生活(高校入試の場合なら高校生活、大学入試であっても大学生活)を送ることになる。
「自分は本来なら、こんな学校に入るつもりじゃなかったんだ」こんな気持ちで勉強していても、クラブ活動していても、或いは友人との楽しいはずの学校生活を送っていても、うまくいくわけなど無いことぐらい、だれもがお察しつくはずである。
 プライトばかりが邪魔して、知識の吸収力はこれだけ落ちることがあるのか、と驚愕する程の事もあるわけだ。
 逆に最下位で合格しても、「一番入りたかった学校に合格できた」場合は、いつも前向きである。学校生活も楽しくなるはずだ。
 だから、私は合格は実力ではなく、縁の問題だと冗談のように言うが、実際なのである。
 人生の結果など、入試などというちっぽけな物差しで測定できるはずはないのであり、その事はだれもが知っている周知の事実であるが、ふり回されていてはならないのだ。
 ご縁のあった場所における前向きな一所懸命が大切だ。
 学生時代は親が演出している場合も多いので注意が必要である。
posted by nishioka   全般    

6313148