07.07.30, 22:23

坂本龍馬・パール判事

 東京から来られた方々との会議が予定より早く終了し、せっかくだから、ということで、清水寺をご案内させて頂いた。
 私自身も何年ぶりかの清水寺である。
 それでもいつも思い出されるのは、小学校の修学旅行でここを訪れた時の思い出であり、正に清水の舞台に立つ当時の自分と友人が瞼に映写されるから不思議な感じである。
 この場所で友人が二人、おどけていた様子まではっきりと覚えているのだ。
 そんな思いに一人ニタニタしながら、三年坂から高台寺の方へ進むと、そこにあの「坂本龍馬の墓」の文字が目に飛び込む。
 高台寺を経由すると、東山霊山の護國神社が鎮座しているのだが、何とそこにあの「坂本龍馬先生」の眠るお墓があったとは、恥ずかしながらこれまで無知であった。一度手を合わせたい、そんな思いで立ち寄った。
 国のために命を懸けた維新の志士がこの地に眠っていると思うと、何とも言えない気持ちとなる。
 勤皇・佐幕と対立抗争をくりかえしていた幕末に、「日本はひとつにまとまらなければならない」という広い視点から、新しい時代を構想していたのが坂本龍馬である。
 薩長連合を成立させ、海援隊を組織し、世界を見つめる目の必要性を唱えたが、同志中岡慎太郎とともに、京都近江屋で暗殺されたのだ。
 「暗殺されたのは、西村屋だったっけ?」などと不明瞭な知識であるほど、坂本龍馬に対する知識は浅いが、やはり、混沌とした時代背景とどこか重なる今だからこそ、坂本龍馬待望論があることにも頷ける。
 彼の近くまで来ることができた気がして嬉しかった。

 そして、この地にもう一人忘れてはならないパール判事の顕彰碑が建立されているのだ。
 このパール判事、ご存知だろうか。
 1946年から48年にかけて開廷された極東国際軍事裁判にて、連合国側の判事でありながら、ただ一人、被告全員の無罪を唱えたインド代表の判事である。
 パール判事は、この裁判が最初から日本を侵略国と決め付けていることに不快感を示し、この裁判の本質は連合国側の政治目的を達成するために設置されたに過ぎず、日本の敗戦を被告達の侵略行為によるものと裁く事によって、日本大衆を心理的に支配しようとしていると批判したのだ。
 私は偶然、昨年、何気なく手に取った「パール判事の日本無罪論」を読んだことがあり、詳細にとは言えないまでも既に知っていただけに嬉しかった。
 俗に言う東京裁判についてはイデオロギーの問題にまで足を踏み入れることとなり、その是非論を語ることは難しいが、この時代に、パール博士のような意見を正面から言えたことには大きな拍手を送りたい。
 戦争はもちろん起こした側に問題があり、当時の国際法に照らしても裁かれることとなっても当然であるし、反省も必要だ。
 だが、ここから始まる自虐的観念を持つことには耐えられない。だから、我々日本人は野蛮な低俗な民族なのか!
 とんでもない。過去の反省は必要だが、前を向いて正々堂々と生きていかねばならない。
 坂本龍馬・パール判事という時代も異なる二人に、力づけられる一時となった。
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07.07.30, 02:04

歌のすばらしさ

 仕事上の知人とお酒を飲みに行くと、面白くない、などとよく言われる。それは営業上の接待をするからであり、そのような必要性のない私の仕事は大変恵まれていると言えよう。
 先方は気遣いをされているかもしれないが、いつも本音で食事ができる環境に私は感謝しなければならないだろう。
 今日、その仕事上の知人たちと食事に出かけた後、お一人の方が、カラオケで歌を歌われた。
 「営業の歌ではなく、思い入れで歌うよ」と言われ、風の「22歳の別れ」を歌われた。
 詳しくは聞けなかったが、学生時代の思い出があるようだ。
「あなたに、さようならって 言えるのは 今日だけ 明日になって また あなたの 温かい手に 触れたら きっと 言えなくなってしまう そんな 気がして~」
 まるで、自民党・中川幹事長の本日の気持ちだろうか。

 それにしても、だれにも思い出があり、それが歌で再現されるなんて、すばらしいなあと理屈抜きで思う。
 そして、何より、今日の場所で仕事を離れた自分の心の思いを歌ってくださったことが、私には嬉しかった。
 
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07.07.28, 20:42

100歳バンザイ!

 私は慢性睡眠障害なのか、特に場所が変わると早く目が覚める。東京の今朝は、午前5時には起床した。
 早く起きると、平素あまり見ることがないTV番組に見入った。
 NHK総合で「100歳バンザイ!」という番組だった。
 実は、何気なく見ていたのだが、番組のタイトルを途中で知り、そして、その番組に出ておられた方が100歳であることがわかり、正直驚いた。
 20代は声楽家、40代からは指導者として活躍したおられる嘉納愛子さんという方の特集であった。嘉納さんは東京音楽学校を卒業後、6年に渡ってあの作曲家・山田耕筰に師事した愛弟子の一人だとのこと。今も昔も大切にしているのは、耕筰の歌の心を伝えること。百歳になっても嘉納さんの指導を仰ぎたいと訪ねてくる人は絶えないのだ。
 それにしても上品なお顔だちには、気づけば、あんぐりと口が開いたままの私だった。
 現役の学生達に自宅で指導されている様子がとにかく美しい。凛とし、毅然とした姿に惚れ惚れとした。
 以前にもブログで書いたことだが、顔は作るものであり、その人の生き様が投影されるのだとまた感じた。
 大阪市阿倍野区在住ということで、機会あれば、お会いしてみたい。
 とにかく、嘉納さんのようになりたい。
 いい顔作りが出来るかな??
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07.07.27, 23:38

七田の仲間

 東京の七田チャイルドアカデミーの加盟教室オーナーの先生方と終日様々な問題で話し合った。
 大きなテーマは「七田式で受験対応も可能である」という私の持論の検証であった。
 私よりもはるかに実力もある諸先生方に心強い賛同が頂け、大変うれしかった。
 私は受験に対して賛成でもなく、もちろん反対でもない。
 要は各々の家庭の考え方であり、小学受験、中学受験、高校受験、それぞれの子どもに異なった発達段階があり、違っていて当たり前であり、尊重しなければ、その子どもが潰れてしまうこともあり、この時点での勝者は賞賛に値すれど、失敗しても何の問題もないことは、その保護者は認識していなければならない。
 会議終了後、参加者全員で食事に出かけた。
 小難しい話は抜きに「七田式」に賛同して加盟した仲間だけに、みんな何年も前から友人の如く、自分の教育観や経営観を素直に語りあう。
 心から最高の仲間に出会えたこと、今日も感謝したい。
 この感謝の気持ちを子どもたちに返したい。
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07.07.26, 21:33

新たなご縁に興奮!

 今日から東京に入る。
 新幹線の中で同じ車両に乗っておられるのは間違いなく、憧れの人だ。
 その方は「松任谷正隆」氏。私より10歳年上の彼は知る人ぞ知るアレンジャーであり、自動車評論家であり、何と言ってもユーミン、松任谷由実のご主人である。私は日本一の音楽プロデューサーと思っているし、ユーミンの今は彼なしには語れないと言っても彼女も怒らないだろう。
 ユーミンの大ファンを自他共に認める私の瞳に彼の姿が映らないはずはない。
 気づいた後、私は急いでノートとボールペンを持って近寄ってしまった。
 余りにもファンだったので、珍しく興奮しており、何を話したのか正確に覚えていないほどだが、とにかく、サインだけではなく、子どもの能力教育論も含めて様々な話を伺えて、興奮冷めやらぬ状況であるのは確かだ。
 今、丁度、大阪でユーミンの「シャングリラⅢ」コンサートが行われており、その合間を縫って東京での仕事のために戻られる途中だとのこと。
 私が子どもの記憶ややる気について話すととても興味がある、とおっしゃられ、私に「その元になるのは何?」と尋ねられた。
 私は「わくわく感ともう一つはもしかすると切羽詰まった感覚ですか」なんて言ってしまった。
 そして、彼は、音楽活動の一方「マイカ・ミュージック・ラボラトリー」の校長でもあり、子どもたちへの音楽教育の実践の話もしてくださった。
 小難しい音楽理論を指導するのではなく、例えば、夏休みの終わりの気持ちを表現しようとみんなで意見を出し合い、リレーで曲を作っていく作業などを話された。正にイメージを曲にして表現していく作業である。
 一度、見学をさせて頂く約束をさせて頂いた。
 忙しいお疲れの時間だったでしょうに、いやな顔一つされず、気さくに色々話をさせて頂いた。
 新たなご縁が何より嬉しい。
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07.07.25, 23:47

学習するための環境

 当塾では夏期講習も始まり、今日は午後一番から夜まで、その雰囲気を間近に感じたが、近年ない良い雰囲気である。
 重苦しい空気が漂うわけでもなく、子ども達の瞳がしっかり前を向いているのである。
 休み時間となれば、楽しそうな笑顔があり、講師との他愛もない話に興じている。
 しかし、一端、授業に入れば、だらだらとした感じが無いのである。
 そう、何事においても最も大切なメリハリがあるのだ。
 この空気は、一に講師の気持ちと態度で作られるのであり、二に場所特有の持つ空気である。これは、机などの配置や何よりも清潔感がその空気を作るに違いない。
 実は、昨日、その雰囲気が講師側になく、少しパフォーマンスとして怒った経緯があったのも本当のことだ。
 では、家庭では、びりびりとした雰囲気の中で「勉強しなさい」と言っても効果がないことは、だれもが知っている。
 温かく迎えてあげる場所であってほしいが、ただ、勉強する環境がないのなら、まずは、環境整備に時間をかけるべきだろう。
 机に向かって、目に入る所に漫画やゲーム、玩具があってはだめである。リビングで学習するのは悪くない。ただ、そこを選ぶのなら、テレビがついていては論外だ。
 殆ど家庭はその環境を子どもに与えることができるほど恵まれている。よくよく考えれば、兄弟が多かった昔の家には、その環境も無かったはずなのに、優秀な子どもを次々と輩出できたのはなぜだろう。
 恵まれた環境が人間を堕落させることもあるというわけだ。
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07.07.24, 23:21

私立高校の先生

 昨日、大阪の某私立高校の入試担当の先生から「明日のアポイントをお願いしたい、先生に是非会って欲しい人がいるので・・・」と言われた。
 お約束の5分前に若い女の先生を連れ立ったその担当の先生の方が来られた。
 応接にお通ししたが、「どうして、こんな若い先生が・・」と懐疑的に思いながらも、夏期講習の始まる雑多な中で少しお待ち頂いた。
 再度応接エリアに一歩足を踏み入れて、その謎が解けた。
 「まゆじゃないか!!何で・・・」
 大学を卒業し、海外に留学したことは風の噂に聞いていたが、何と、その私立高校の英語講師として赴任していたのだ。
 英語に関しては、なかなかの切れ味があったが、まさか、英語の先生になろうとは、努々思っておらず、驚いたが、何より、出させて頂いたコーヒーを「頂戴します!」などと言う台詞が成長の証であり、社会人として成長した彼女を見ることが出来、驚きと共に大変嬉しかった。
 自分の塾を育った子どもが社会貢献してくれるなんて、最高である。
 良い先生になってくれるだろうな、そんな予感さえした。
 こんな一日は自分がhappyになれる。
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