07.02.27, 23:34

自分が変わる!

 ある方から弊社や私個人の弱点をお話し頂けた。
 心から有り難いと思った。
 いつもみんなが一生懸命しながら、うまく回っていかない時には、その要因を一人ひとりの講師スッフに求めた。
 実は、そうではなく、そのこと自体が私の問題でもあると思った。
 問題を人のせいにしていると、自らを失う。
 問題とは現実と理想のギャップを指し、問題解決には2つの方法しかないと言われている。一つは理想を下げること、一つは現実を改善すること、だそうである。理想を下げるのも現実を変えるのも、何のことはない。自分自身なのである。
 「あの人が悪い」などの発言は、問題解決にならない。
 自分自身に問題があったのか、と本気で思えば、変換スピードに拍車がかかりそうである。
posted by nishioka   全般    

07.02.26, 23:44

将来の希望・夢

 珍しく終日一歩も外に出ることなく、パソコンの前に座り、終始、電話とプリント作りに明け暮れた。
 夕食、長男は塾に行っており、居なかったが、次男、三男と家内がいる中、「自分の実力は全く関係なく、将来、こんな仕事していたらいいなあ、ということをみんなで言い合おうよ」と私は提議した。
 これがなかなかおもしろい。
 (「家族ネタはブログに使うのはやめて」とみんなに言われていたが)
 口火を切ったのは、子どもではなく、家内だ。
 ダンサーだの、バレリーナだの、トップモデルだの、挙げ句の果てにはアイドル歌手だの、私は子どもと三人、目を合わせて、開いた口が塞がらなかったが、さすが、我が妻、いずれもが自分そのものを出して表現する仕事であることに彼女は気づいていただろうか。
 次に三男は「大きな海が自分の物で、そこで魚釣りしているんだ」と意外と静かなことを話したが、さすがに「自分の物」という欲深いところがおもしろい。
 そして、次男は何とスキー競技のジャンパーだと言うのだ。アクティブなところが平素はないのに、「気持ちよさそうだから」と言う。但し、その後、「選手になるには、当然厳しい練習を積まなければならないだろうから、それはいやだよ。あくまでも、実力がついていることが条件だけど」とも言うのだ。そして、「パソコンの前に1日に30分ほど座って株の取引をしているだけでお金が入ってくるのもいいなあ」などとふざけたことも言う。やはり、怠惰なことが大好きなようだ。
 私は何と答えたか読んで笑ってください。
「超有名なイラストレーターか、シンガーソングライター、もちろん、ビジュアル系で」と言うと、全員から「ありえない!」とブーイングが起こった。
 どんなことでもいいのだ。夢を持つことはとてもいいことなんだけど・・・。
posted by nishioka   全般    

07.02.25, 22:23

信じて、認める

 年度替わりということもあり、個人面談やら、保護者セミナーなどが続く日々だ。
 とてもよくできる子どもさんも多いが、必ず私が話すことがある。
 それは、「信じて、認める」ということだ。
 例えば、学校の先生に何かで注意を受けた。もちろん、問題があるから注意を受けたのであり、人様にご迷惑をかけたのであれば、そのことに関して一度は、諭さなければならない場面もあるだろう。
 だが、子どもの側に言い分はないのだろうか。
 親が子どもに諭したり、注意したりすることは、力の差がある年齢時には、特にポジションパワーでもあることを親側は認識しておく必要があると思う。
 「どうして、そんなことをするの、お母さん、恥ずかしいわ。二度としないで!」
 この言い方で、子どもは、心から反省するだろうか。
 「きっと、何か訳があったのよね。お母さんは信じているわ」と言われた方が心にジーンとしないだろうか。
 別段、このことは、子どもの場面だけではないと思う。大人の社会でも、同様なことは、仕事をしている人なら、理解できるはずだ。
 「どうして、そんなことをしたんだ。二度とするな」と上司から叱られて萎縮するより、最後まで「信じているから」と言われた方が頑張ろうと思わないだろうか。
 「認めて誉めて愛して育てる」という七田先生のことばがあるが、修正したいわけではないが、ここに、「信じて」という言葉も付け加えたい。
 「信じる」には、心からの愛が必要だ。でも、皆さん自身の子どもではないか。世の中全ての人が信じなくとも、親のあなたが信じないでどうするんだ、そんな気持ちである。
 もちろん、私はこう書きながら、自分にも言い聞かせているのである。
posted by nishioka   全般    

07.02.25, 02:01

勉強は楽しいぞ!

 学年末考査の前でもあり、公立高校後期全日制の入試前ということもあり、ペス魂(無料解放教室)には入れ替わり、子ども達が勉強するために来ていた。
 いずれの子ども達も、さすがに試験前ともなると本気モードとなっている。それで良いのかもしれないし、それが現実ではあるが、もう少し早く始めていれば良いのに・・・と思うが、真剣な表情はとても可愛げがあるし、応援してあげたい気持ちとなる。
 「こんなに単語が覚えられない」
 「社会科の記憶は嫌いだ」
 「化学反応式がいやだ」
 なるほど、覚えることがいやなんだよね。でも、もっと記憶をするのに、イメージを上手に使うことを覚えてほしいし、覚えることができた達成感や記憶をしていく楽しみを知ってほしいと思い、こじつけになろうが無理矢理面白おかしく例をあげて説明してみた。
 ところが、何でも記憶する必要があるのか、と言えば、そうではないのだ。
 「円柱の表面積の公式が覚えられない」
 はてはて、確かに円周の長さや円の面積の公式は覚える必要があるが、意味を理解すれば、公式など覚えなくても全く問題ないものもあるのに、それは必要なし、の説明をすると納得してくれた(かな?)。
 とにかく勉強はおもしろいものなのだ。
posted by nishioka   全般    

07.02.23, 23:39

ブログ1周年達成記念!

 2月23日、この日は忘れない日である。富士山(223)の日でもあるそうだが、そんな大それたことではないが、ペスタロッチ学院のコミットボードには、私のコミットも貼られている。そこには、「1年間、毎日blogを休まずに書く」と記されている。そう、ブログを私が書き始めた日である。
 書き始めの頃は、1年間も続くだろうか、と心中は不安だったが、子ども達にも常に「継続は力なり」と話している。もちろん、継続することは、私にとっても大変な日もあった。余りにも眠く睡魔との闘いの中でアップした日も一度ではない。特に辛かったのは、恥ずかしながら、飲み会終了後の深夜遅く(或いは早朝)に帰宅してから、書き始めた時や、気持ちが前向きではなかった時である。
 友人には、よく毎日書けるネタがあるなあ、と言われることがあるが、これは不思議と困ったことなどない。この一年、全く同じ日はないという当然の事が理由だからである。
 1年書き始めて、正に「継続は力なり」だと実感する場面も多い。
 本日付けでアクセス数の合計は95,800を数える。1日あたり、262回のアクセス数となる。特に今年に入ってからは、日に500回以上のアクセス数となることも多い。こんな私のブログに目を通してくださる方がこれほどの数となるのは、心から有り難いと感謝に感謝を重ねてもまだ余りあるほどである。
 習慣ともなったブログである。明日からは縛りもないが、書き続けてみよう。何より、このブログは、従業員へ、保護者の方へ、生徒達へ、友人へ、そして、家族へのメッセージでもある。いえいえ、何より、ぶれそうになる自分への応援歌でもあったというのが実情である。
posted by nishioka   全般    

07.02.22, 22:58

企業研修

 弊社には、現在、今年の3月卒業予定の新卒者が不定期で研修や業務指導を受けている。
 彼女たちの様子を見ていると、大変初々しく、そんな歳ではないものの娘を見守るような気持ちになってしまうのである。
 まだまだ社会人としての常識も学んでいないが、色々と吸収できる今こそが彼女たちのこれからの人生の基盤作りの時でもあり、会社のトップとしてその責任の重さも十分に感じているのだ。
 思い起こせば、私も20年以上前、某企業の新卒者として様々な研修を受けたことを思い起こす。同期入社は200人近かったのではなかろうか。配属は12人の同期と本社となり、地元を離れ、寮に入った。
 毎日が本当に楽しかった。研修の成績はお世辞にも優秀とは言えなかったが、そこで、経理・情報処理等の資格取得もめざすように勉強する時間も頂戴でき、今の私には大学で学んだことより、よほどその研修で学んだことの方が役立っていると感じる。
 また2年目には、転勤(希望で)となり、本社を離れたが、そこで今も尊敬する先輩との出会いがあったことが忘れられない。これまでの大きな寮とは異なり、その先輩との生活となったが、そこでコンピューターの基本的な話を業務終了後、帰宅してから毎日のように酒を飲みながらではあるが、レクチャーを受けた。仕事を終えてからも読書し、そして、経済の在り方も含む様々なことを彼から学んだ。
 その後、私は起業することになったが、私の大切な業務の一つは、私が受けた様々な基盤作りと同様、私の会社で、一つ一つが財産となるよう、指導していくことであると信じている。
 たとえ、退職することになろうが、弊社で学んだことが今の私の財産だと振り返って言って頂ける企業作りを目指したいのである。
posted by nishioka   全般    

07.02.21, 22:28

父の入院

 母から私の携帯へ電話が入ったが、大切なミーティングの最中でもあり、一度目は取らなかったが、また何分もたたない間に電話が入った。
 これは、何か急ぎでもあると思い、電話に出ると、不安げな声で朝から父からの様子がおかしく、起こしても身体を起こさないし、水を飲ませようとしても震える、と訴える。
 昼の休憩に入り、実家へ車を飛ばした。
 父は肝臓が悪く、入退院を繰り返しており、調子が良いとは言えないが、これまでに私が見たことのない表情であるし、やはり普通ではない様子に母と三人いる部屋の中にいやな空気が漂うことを感じる。
 何とか、車に乗せ、主治医の待つ病院へ入り、先生から話を伺うと、肝性脳症ではないかと伺う。脳梗塞かとも思ったが、そうではないようで、また一刻を争うことではないような話を伺い、再び、ミーティングの席に戻ったが、先ほどの父の様子が頭から離れなかった。また、人間の身体の繊細さにも驚いた。
 肝臓の知識は私には学校で習ったほどしかない。最も大きな臓器であり、
1.胆汁を作る
2.血液を解毒する
3.アンモニアを尿素に分解し、血管へ送り出す
4.余分なブドウ糖・アミノ酸・グリセリンをグリコーゲンとして蓄える。
 これぐらいだろうか。
 父は、肝機能の低下により、アンモニアが肝臓で分解されずに直接脳に達し、今回のような症状になったようだ。確かに習ったことが実体験として理解できる。
 そして、夜に再度病院へはいると、弟も妹夫婦も来ていた。点滴でアンモニアの解毒を行い、先程の様子とは異なり、全快にはもちろんほど遠いが、一人でお手洗いに行けるまで回復していた。
 薬剤の効果にも驚きである。
 いつまでも長生きしてほしいという思いが、一層つのった。
 健康の有り難さが身にしみる。
posted by nishioka   全般    

6313180