06.12.31, 23:06

2006年ありがとう

img06120031_1  長男と二人で家内の実家、東京に向かった。
 新幹線の車中、ビールを飲みながら、この一年総括して、楽しかった思い出ベスト3を考えてみた。
 第3位 楽しいはずもないと思われるだろうが、先月の入院。周囲の方々と年齢の枠もなく、仕事ができる喜びを逆に知った。また、健康が何よりも大切であり、健康管理はある程度までは自己制御できるものであり、そこを怠ることで結局は周囲に迷惑をかけることにもなることを肌身で感じた。
 第2位 6月に北海道で行われた100km ウォークで見事(?)最下位で完歩できたこと。およそ、1ヶ月余りの練習ではあったが、最後まであきらめなければ到達できる喜びを頂戴した。友人を含む多くの人に支えられている事に本気で気づかされた。来年は、6月23日・24日に行われるとのこと。サポーターとして、ご恩返ししたい。
 そして、第1位 弊社のHPと私のブログを2月23日に立ち上げ、それが基で教え子や保護者の方々とまたご縁がつなげたことに他ならない。私にとっては、このご縁こそが宝物であり、これからも一人でも多くの人たちとの縁結びにこのブログが成長してほしいと切に願うのである。
 大切な知人や叔父を失ったのも2006年であり、改めて「命」の大切さを感じた一年でもあった。
 そんなことを車中で感じたが、何と同じ新幹線にあの瀬戸内寂聴さんが乗られていることがわかった。話しかけたかったが、プライべートの時間を奪う権利はもちろん私にはない。思い切って、車内で彼女に手紙を走り書きで申し訳なかったが、心をしたためた。内容は内緒だが、またいずれ、ご縁が頂戴できれば、と心から願って書いたのだ。
 品川駅で降りる際に、瀬戸内さんにお渡しした。いつの日か、私の願いが届けば嬉しい限りである。
 その瀬戸内さんが、紅白歌合戦の司会者として画面に映っているのは驚いた。彼女が上京したのは、このためだったのだ。
 途中、富士山が私の2006年を祝ってくれるように車窓から見えた。雄大な富士山を瞼に焼き付けて新たに登壇する2007年に頭を下げるのである。
 どうぞ、皆様、幸多き新年をお迎えくださいませ。
posted by nishioka   全般    

06.12.31, 01:08

掃除はいつするの?

 年の瀬迫るこの忙しい時に、長男は耐えられない(本人談)歯の痛みで、家内が色々病院をさがしたが、結局どこの歯医者さんも既に年末年始のお休みに入られており、朝から、救急センターに連れていった。
 多くの患者さんがおられたが、我が家も同様でありながら、他人様の辛そうなお顔を見(特に乳・幼児は可哀想)、「年末のこの折にお気の毒に」と思うのである。
 診察と治療が終わると、当人は「凄いいいお医者さんだった」と痛みもなくなり、かなり上機嫌で戻ってきた。
 私は年末の残務処理がまだ残っているうえ、仕事部屋の片づけもしておらず、予定が大幅に遅れたが、「ま、元気になったのであれば、それでいいか」と思ったのである。
 それにしても、11月の仕事部屋掃除の予定の際には、私が入院となり、本日の大掃除は子どもの病気と、神様はどうも私に掃除をさせないつもりなのだろうか。
 夜、長男と二人で、近くの焼鳥屋さんへ行った。
 今日は車で出かけたので、もちろん、アルコールは入れていないが、いつか二人で飲りたいものだ、と思った。
 明日は二人で東京へ向かう予定である。
 結局、掃除には手がつかないまま、もう既に午前1時。
 長男の部屋を覗くと、やっぱり掃除は進んでいない。
「お前、一体、何してるの?掃除する気あるの?」と声をかける。
 こだまになって、我に戻ってきたような感じがして、妙におかしかった。
 親がこうだから、子も同じ。
 自分が変わらなきゃ、子どもも変わらないとは、よく言ったものである。

 記念すべき誕生日はこうして終え、新たな年齢で大晦日を迎えるのである。
posted by nishioka   プライベート    

06.12.30, 01:56

誕生日プレゼント

 やはり、塾の方の仕事が終わらず、上牧駅前の教室に出勤し、従業員と本年最後の飲み会へ出かけた。
 よし、来年も頑張ろうという気持ちで家路へ向かおうとすると、前方から、見覚えのある顔が近づき「西岡先生!」と声をかけられた。間違いなく、大人にはなったが、教え子だ。
 寒空の中、色々話し込んでしまった。尋ねると、美容師となり、高槻でも最大手の美容室に勤めているという。
 何より嬉しかったのは、輝いた顔で「仕事が楽しい」と言ってくれたことだ。学校が楽しい、仕事が楽しい、親を含む身内にとっては、何よりの言葉であるし、こう思えるために学業も存在していると言っても過言ではない。
「そうか、仕事が楽しいのは、すばらしいよね。あっ、そうそう、先生も毎日、ブログ書いているから、たまには読んでみて。今日は、教え子のTくんに会いました、って書いておこうか?」と話すと、彼は、こう言ったので、リクエストに応えることにしよう。
「高木君って、はっきり書いてよ。」
 そうなんです。私の大切な教え子で人気のあった高木君に会ったのだ。
 確か今日はその話題に触れなかったが、もう今は日付も変わって、30日、紛れも無くmy birthday 何となく思い出したが、高木君の誕生日も同じじゃなかったかな?!!
となると、この出会いはとても素敵なプレゼントとなりましたね。
 絶対にゆっくり後日飲みに行こうね。
 この仕事をしていて最高の至福の時、それは、輝いている教え子との再会であるのは間違いない。
posted by nishioka   プライベート    

06.12.29, 01:11

仕事納めに

 個人的には、明日も明後日も仕事であるが、公的には、本日が仕事納めの儀。従業員スタッフと三島郡島本町の若山神社参拝に出かけた。
 これは弊社恒例の行事だ。
 通常、神社の参拝は新年にお参りするのだろうが、私には特別の理由があり、毎年、年末の仕事納めの日に伺う。
 それは、「本年もよろしく」とご挨拶することの大切さは当然だが、それ以上に「本年も有り難うございました」と最後のご挨拶をすることの方がより大切だと思うからである。
 本堂に入り、着座すると、「かしこみぃ、かしこみぃ」と神主さんの声が響く。不思議と冷えた空気に自分の背筋も伸びる。
「今年も色々な事がありましたが、今もこうして元気な姿でここにお参りすることが出来ました。どうぞ、来年も従業員、家族、お教室に通う皆さんが健やかに暮らせますように」と祈る。
 神主さんの優しい声と共に、本殿を後にすると、ここからの絶景を皆で眺める。木津川、淀川、桂川の合流で、三川合流とは世界的に珍しいとのことを以前に耳にしたことがある。
 本当にいつまでも、この景色のすばらしさを感じることのできる世の中であって欲しいと願う。
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06.12.27, 22:04

ちぐはぐ

 ちぐはぐの語源をご存知だろうか。
「ちぐ」は「鎮具」で金槌(かなづち)を意味し、「はぐ」は「破具」で釘抜きを意味しており、金槌と釘抜きを交互に使っていては一向に仕事が進まず、何をしているのか解らないことから、この言葉が生まれたとされる説や、棟梁の下につく者が、金槌が必要な時に釘抜きを渡し、釘抜きが必要な時に金槌を渡すさまから、なったとする説もある。
 本日の私の仕事は正にずっと、金槌と釘抜きを交互に意味もなく、使う「ちぐはぐ」な一日だった。
 携帯電話への着信履歴は50件残るが、朝からの数は、この数を超えている。ある電話を受けている最中に別の携帯電話が鳴り、その電話を受けたとたん、デスクの固定電話が鳴る。
 各々が年末までに業務を終わらせたいので、重なっていくのは仕方ないが、私もその電話を受けて、別のところへ荷電し、とりつく縞もなくパソコンに向かう。
 このように読むと、仕事をばりばりこなした一日のようだが、実際はトラブル続きで、連絡したはずの所へ連絡がいっていなかったり、午前中に到着しなければならない荷物が未配であり、その調べに手間取ったり、物だけなら良いが、自分の気持ちそのものがうまく伝わっておらず、誤解を受けたり、一日、何も業務が進行しなかった。
 小さいながらも会社のトップに立つと、雲の上から下を見ても、何も見えていなかったことを知り、愕然とすることがある。もちろん、自分は「事業家」ではなく、「授業家」なので、通常の経営者よりは、わかっているだろうと思っているとスパーンと足下をすくわれる。
 だが、「ちぐはぐ」の因果は全て我にあり、である。まだ、新年を迎える準備が一向にできていないが、少しは我の責任に関して、じっくりと反芻し、消化してみたいし、そうしなければならないと思う。
posted by nishioka   全般    

06.12.26, 21:19

思い・ことば・行為は同じ

 フジTV系列の江原啓之スペシャル「天国からの手紙」を少し見た。江原氏はご存知「オーラの泉」などに出演されているスピリチュアルカウンセラーであり、亡くなった方のその思いを伝えることができる驚くべき能力があるといわれている。
 失礼ながら、この類の人たちの能力は否定しないが、有名になることでその力はなくなっていくんだろうと思っていた。
 少し見ただけでいい加減なことは言えないが、残された家族の人たちが、亡き家族からのメッセージを伝えられ、心が癒やされていく様子はTVを通して感じられ、そうであるなら、江原氏に失礼なことを言うのは良くないとさえ思った次第である。
 まるで、番組制作者の術中にはまっている、と批判する人もいるだうが、江原氏が番組の中で言われていた言葉が頭に残る。
 「魂のレベルでは、思いも言葉も行為も同じなんです。私たちは、あの人なんて、いなくなれ、などと思うことがあるが、これは殺人と同じなんです」
 良い意味でも、「思いは現実化する」ということは私自身もよく経験することだが、なるほど、この言葉の持つ意味は重い。
 目には見えない“命”“家族の絆の大切さ”を感じた貴重な時間だった。
 いつも目に見えることだけが真実ではないのだ。
posted by nishioka   全般    

06.12.25, 23:28

ばたばた

 ようやく、年賀状に着手し始めた。
 毎年、「今年こそは、早く準備しよう」と思いながら、いつも宿題と同様、締切、提出期限間際で「ばたばた」しだす。
 考えてみれば、忙しいや忙しくないなどの理由は全く関係なく、全ての業務がこの有様で、我ながら情けないことである。実際、だれにも迷惑をかけない「ばたばた」なら、自分だけの問題で済むのだが、従業員を含む仕事関係の方々、家族、友人と多くの方を巻き込んでの「ばたばた」が多く、反省しきりだ。
 まず、業務を日単位、週単位、月単位で、業務のプライオリティに従い、スケジューリングしていくこと、ここまでは意識して、実践しているのだが、毎日のように例外事項が発生し、追っかけ仕事になり、「ばたばた」するのが現状だ。
 しかし、仕事のできる人なら、こういう例外事項に対して、「ばたばた」することなく、着実にこなされている。
 凡人の私とはここが違うのだ。

 だが、そんな私を支えてくれる周囲の人たちがいることを忘れてはならない。自分には、そのようなつもりはないが、そんな人たちを踏み台にしているようなところが、どうしても出てくる。これこそ、「ばたばた」になる事態を招くことよりも反省しなければならないことである。
 「ばたばた」とブログを書いても、静かに人に対して、感謝する時間を持たねばならない。
posted by nishioka   全般    

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