06.06.29, 20:57

やってみて、わかること!!

 今朝は、午前5時半から起床。長男のお弁当を作り、次男、三男を起こし、朝食を食べさせたところで、母親教室があり、家を出なければならないので、家内とタッチ交代をした。
 どうして、そのような一日の始まりとなったのか。我が家の朝は、正に戦争状態。家内の怒声が響きわたる中、子どもたちがボーッと起きて、だらだらと出かけていく。お恥ずかしい話しだが、何時に寝ようが、家内や、子どもの声で目が覚める。
 私は家内に「大きな声を出すことが続くと子どもたちもそのことに免疫が出来て、何とも思わないようになるもの。少しは意識して、大きな声を出さないようにしてみたら」と教育者ぶって、彼女に話した。
 そして、「明日は、私がしてみるから、あなたは寝ていたら・・・」と不要な提言をしてしまったのだ。
 家内は昨夜は殆ど眠らず、家の片づけなどをして、午前6時前には、眠りについた。私は、「ゆっくり眠らせてあげよう」と思っていたのだが、結果は、家内と五十歩、百歩、大差無しだ。
 やってみると、どんな方法を使おうが子どもたちはなかなか起きてこない。これが毎日だと家内も大変だろうな、と感じた。
 どんなこともそうだが、やってみると意外と難しいことは多い。しかし、これは、「やってみて」気づくのだ。
 子育ては、自分を育てることにつながるのは事実だ。
 机上の空論を声高に語るよりも、実践の伴うお話がしたい。
 私も闘いである。でも、とにかく、いつも子どもを愛していたい。そう思えることを楽しんでいたい。
 その中で結果が現れる。
 日々を楽しんでいこう。
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06.06.28, 22:06

命は何よりも重い

 何とも、釈然としない事件が日々続いている。集団リンチ殺人事件に関しては、どうして、ゲームの如く、このような結末を迎えるに至ったのか理解に苦しむ。「殺したいほど憎い」という憎悪の感情が理由であっても、理解できないのが殺人であるにもかかわらず、今回の事件では、この感情を抜きにして、しかも、顔見知りでもなかった者がなぜ、このような残虐な行動に出るのか、頭を抱えてもその答えが出てこない。
 プラス思考、陽転思考、ポジティブシンキングな私でさえ、終末思想を肯定せざるを得ないほどの日本の現状に、目を覆いたくなる。小さいことだが、今、自分が出来ることが何かを必死なって、考える。
 そんな折、私の本当に親しくさせて頂いている知人が1年余りの白血病の闘病を経て、本日、骨髄移植を受けた。骨髄移植とは、白血病などの患者さんの骨髄幹細胞を、健康な方の骨髄幹細胞と入れ替えることにより、造血機能を回復させる治療法だ。日本では「骨髄バンク事業」が1992年から開始され、これまでに多くの患者さんを救う実績をあげているそうだが、日本で骨髄移植を必要とする患者さんは、毎年少なくとも2000人以上。骨髄提供(ドナー)候補者が見つからない患者さんが、約2割にものぼると聞いた。
 とにかく、うまくいくことを祈るのだが、ドナーの方と患者さんとの関係を皆さんはご存知だろうか。
 万一、うまくいかないことがある等のリスク回避のために、患者はドナーの方に関しては、年齢や性別を除けば、ほぼ知らされない。移植前に2回の手紙を書けるだけだ。となると、リスクを受けながら、ドナーの方の善意は本当に心からの「無償の愛」だ。
 知っている人への提供でも、頭下がるが、どこのだれとわからない人へ提供できる、或いは提供しようとする人が、この事件を起こす日本にも多くおられるのだ。まだまだ前述のように不足しているのが実状だが、ドナー登録の実数は約25万人弱。実際に毎月骨髄移植は全国で100例近くあるそうだ。
 善意が人の命をつないでいる。
 「命は何よりも重い」つぶやいてみた。
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06.06.28, 00:45

学ぼうとする母親に育つ

 今月は、私の話す母親教室を数度行った。大変不思議だが、いずれの教室でも、また過去においても話題になるのが、本当においで頂きたい方が参加されず、平素からよく理解していただいている方が来られる、という事である。
 今回も、全く同感である。もちろん、皆さんお忙しいのであり、なかなかその当日と合わない事もある。それも「ご縁」の一つかもしれない。
 しかし、誤解を恐れず、敢えて言うなら、「学ぼうとする母親に学ぼうとする子どもが育つ」原則が存在するということだ。
 今回の一連の母親教室でも私が話したこと。それは、「子どもに勉強しないさい」と何度も言うのであれば、背中で語らずとも、ご自分が努力している姿を見せて欲しい。些細な資格試験でもよい。漢字検定にチャレンジすること、どんな事でもよい。とにかく、頑張っている姿は子どもに響く、と言うことだ。
 特にジュニアスの宿題は、できなくても、良い。頑張ろうとする姿勢が表れただけで、何の問題もない。逆にやろうとすれば、できるし、是非毎月提出して欲しいのは、"Monthly Pracitce"である。だから、これを12冊提出した子どもにはプレゼントをさしあげている。
 ジュニアスのレッスンは「光る子どもを見つけるところ、子どもが光るようにしてあげるところ」であり、大いに誉めるための「しかけ」をかけているつもりである。
 小学校はすぐに追いつかれる知識よりも、将来の基盤となる自信を大切にしてあげなければならない。その自信をつけるために子どもたちは継続して通ってくれるのである。
 目に見えることに終始せず、長く見守ってあげて欲しい。
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06.06.26, 17:35

実体験に基づく話し

 100km WALKのゴールをきって、既に1週間以上の時が流れたが、今も残る身体の痛みに、やっぱりあの時は尋常ではなかったんだなあと改めて思う。ただ、それにしても、「完歩できて良かった」そう、とにかく思う。
 何より、子どもたちから、「先生、よくやったなあ!」と言われたり、時には、小学1年生の子どもに「先生、本当によくがんばりましたね!」なんて、改まって言われると、とても嬉しい。
 中には、「ご褒美です」と手紙を添えて、お菓子や缶ビールを頂くこともあった。
 特に受験生には、「限界はないんだ。目標にしたものをあきらめない限り、達成できるんだ」ということばが不思議だが、説得力を含んで相手へ飛び込む。
 ただ、よく考えれば、たった30時間歩いたに過ぎないのであり、大げさなことでもないのに、自分でも勘違いしてしまいそうだ。
 もしかすると、今回の100km WALK完歩の一番の「利」は、今日も母親教室をさせて頂いたが、その持ちネタが一つ増えたことにあるのかもしれない。
 やはり、机上の理論にはいくら良い話しであっても、説得力が無いが、実体験に基づく話しには頷いて下さるお母さん方も多い。
 これからも、時には一人の講師として、時には一人の親として、そして、教室の代表として、様々な実体験を通して、「物申して」いきたい。
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06.06.25, 21:32

地域で育てる子どもたち

 奈良の放火殺人事件は本当に私にとってもショッキングな事件となった。報道を見ていると、事件当日不在であった父との問題が直接的要因などと明らかになっていき、更に気持ちとしては、嘆息をつく。
 どこかに救いの道はなかったのだろうか。敢えて表現するなら、この少年は医者として将来歩んでいる可能性も否定できない。そして、数十年後に、こんな事件がもしあれば、「本当に今の子どもたちは何を考えているのかわからないよね」なんて、同僚に語っている可能性もある気がしてならない。
 言いたいことは、今の子どもたちは、塀の上をバランスとりながら歩いているようなもので、一歩誤れば、別の世界へ身を投じてしまう可能性が常にあるということだ。親が知っている子どもの顔は実のところ、ごく一部で知らない顔もあると認識しておく必要があると私は思っている。ほんの些細なことで、人生を狂わせたり、場合によっては、犯罪に手を染めてしまう可能性も否めないのだ。
 誤解がないようにしたいのは、常に子どもの動向に神経をとがらせろ、と言っているのでもない。
 子育ては、親がするのは当然だが、多くの人たちの手で、育てていく必要があると言いたいのだ。
 子ども会などの組織も小学生の時にはあるが、中学に進学すると、ましてや、私立中学に進むと、途端に地域コミュニティの外に出されていく場合も多いのではないだろうか。近隣のコミュニティで子どもたちをみんなで育てていく姿勢が今こそ求められるのではないだろうか。
 幸い、私の住む地域では、自然に子どもたちと会話があるし、側を通っても、「あっ、くうちゃんのおっちゃん!」などと声もかけてくれるし、こちらも声をかける。
 我が子が大切ならばこそ、周囲の子どもたちも大切にしたい。
 高度成長期に育った甘ちゃん世代の私たちが親になったつけが今来ている気がしてならない。
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06.06.24, 22:35

高校2年生

 6月は、一般の方には知られていないが、実は、各私立高校の塾向け説明会が連日のように行われる時期である。
 いずれの高校もが自校の特色や大学の入試実績を声高らかに話される。ただ、パンフレットを見ていても、どうしていずれもが総合的には横並びである話しに終始するのだろうと首を傾げるのが本音だ。(私立高校関係者の方、ごめんなさい)
 放っておいても、生徒が集まる時代であった20年程前は、伝統的校風のお話、少子化の影響が出始めた10年程前は、大学進学をにらんだ特進クラスの設置と国際化をにらんだ英語教育の充実、そして、近年は、前述のように偏差値と大学進学実績を熱く語って下さる。何が正しい、と私のような者が言う立場にないかもしれないが、いずれの学校もが、その時々により、横並びになっていくことが納得できない。最近の大学進学進学実績も更に研究すれば、いずれの学校も実績が上がっているということは、一部の難関校を除けば、大学進学そのものが過去とは異なり、既に平易化しているとも言えよう。
 ただ、高校2年という学校にも慣れた、されど、受験という意識も少ない、学習に対して特に怠けやすいこの時期を、どのようにモチベーションをあげるのか、が鍵となり、進学実績を上げるということの話しを伺い、興味がわいた。
 そんな折、高校2年の女の子と個人懇談をした。
 彼女は、両親には内緒にしてほしいが、実は、大学進学ではなく、美容関係の専門学校に進学したいと言う。
 私は、勉強がいやで逃げる口実の選択ではないか、時間をかけて問うていくと、やはり、「美容関係の仕事は趣味でできたらいいのかもしれないし、大学へ行くには、勉強しないといけないので、それもしんどいだろうから」と言った。
 現状逃避の道をイージーに選んではいけないことと、とても英語のセンスは良いので、外語系の大学の話しをすると、また簡単に目標も変わった。
 こんな状況では、また、彼女の目標は猫の目の如く変化するだろうが、逃避せずに、将来の目標実現に向かって、努力して欲しいと願った。
 私もその当時は理解していなかったのだから、偉そうには言えないが、チャレンジし続けることが楽しく、達成できた時には、大きな喜びとなるので、是非経験させてやりたいと強く思う。
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06.06.24, 00:12

やはり、女の子は凄い!!

 ジュニアス3年目のレッスンがあった。
 前回出した様々な課題の一つに「どうしても、ほしい物があって、相手から自然にあげるわ、と言わせる方法」を考えてくるものがあった。
 課題の中での「物」とは、日本で売ってはいないシールであったが、皆さんなら、どんなことを考えるだろうか。
 ここでの解答が二種類に分かれたので思わず、レッスンをしながら大笑いした。
 どのように分かれたのか、それは、男の子の解答と女の子の解答に分かれたのだ。男の子は、総合的な言い方をすると、お金をつかったり、嘘をついたりしてでも、無理やり・・・という感が強く、女の子は、とにかく、その物をじっと見つめたりして、ものは言わなくとも、「それが欲しい」と口よりも目で合図を送ることに終始するのが解答の主旨だった。
 さすがに女の子は既に低学年から、物のおねだりが上手なのであり、しつこさも持ち合わせている。
 これって、本能なのかなあ?

 ところで、ホームページ立ち上げが2月23日であった。以来、毎日ブログを書き上げてきて、早4ヶ月。本日、このブログもお陰様を持ちまして、アクセス数30,000件を突破したようだ。
 これからも毎日書きますよ。感謝しつつ、乞うご期待!!
posted by nishioka   全般    

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