06.05.31, 00:28

本気で叱る難しさ

 私はブログの中でも、レッスンでも、日常でも、とにかく意識することは「誉めて伸ばす」ということだ。誉められた時の子どもの笑顔は最高だ。もちろん、子どもたちも私に誉められて嬉しいには違いないだろうが、本当はもっと嬉しい瞬間がある。それは、自宅に帰って、「今日、先生に誉められた」とお母さん、お父さんに話し、「それは良かったね」と笑顔で返されることが最高の喜びで自信の源となるとそう信じている。
 だが、現実は厳しい。
 だれもがいつも誉めてあげたいのだが、叱る難しさだ。
 中・高生は別として、私は幼児や小学生にそう叱ることは幸運かな、遭遇しなくてすむ。ところが、実は、西岡先生は怒ると怖いだろうな、と子どもの方で勝手に判断するから、叱る必要がないのかも知れない。
 一方では、講師からは、「叱らないと統制がとれない」という悩みを聞いたり、他方、「叱らないので、子どもがなめている」と保護者の方からのクレームを耳にしたり、叱る難しさの壁に悶々とすることもある。
 私は、理想かもしれないが、子どもの目を見て、本気の顔で本気の声を出して、怒鳴らなくても、「先生はあなた達の力を心から伸ばしてあげたいの」と言えばいいのだと思っている。
 大人も子どもも「本気」には弱いし、「本気」の声の聞き分け方を知っているような気がしている。
 こんなことを言いながら、我が家の問題は易しくないことは、よく理解しているつもりだ。だれかに似て強情だからなあ・・・。
posted by nishioka   全般    

06.05.30, 02:11

母親教室

 今日はかんまき駅前教室で母親教室を行った。題して、「子どもを伸ばすには~ジュニアスコースのコンセプトから~」
 来ることの出来なかった方の為にまとめて、エッセンスを届けましょう。
1.両親のイメージ
 両親各々が、子どもの大きくなった姿(本日は20歳で行いました)をしっかりとイメージしてみます。幸せになって欲しいなどという抽象的なものではなく、姿・形も含めてより具体的にイメージして、夫婦間で話し合って欲しいと伝えました。実は夫婦でこのイメージがずれているとどちらがすばらしい、などという問題ではなく、子どもが父親と母親のズレに苦しむことになるからです。お互いに話し合って、コアの部分を見つけだし、そこを大切に育てて欲しいと話しました。
2.プラスのことばがけ
 ついつい叱ったり、注意したりするのですが、もちろん、これがいけないと言うのではなく、徹底的にプラスのことばがけを意識して欲しいと話しました。
3.自信を持たせること、自己肯定ができる子どもに
 プラスのことばがけをすることは、自己否定をしない人へ成長させる大きな役割を持ちます。成績中心で子どもを見るのではなく、将来、何かの役割・使命感を持って仕事ができる大人へと成長して頂きたいので、自分が好きな人にさせましょう。いつの日かだれでも理解できることに対して、できた、できないなどの細かい部分に気を取られ過ぎて自信が持てない人にならないよう気をつけて欲しいと訴えたわけです。
4.目標・夢・志のある子どもへ
 目標・夢・志のないところに、成長はありません。他人から見て、些細なことでもこの部分を大切に子育てをしていきましょうと話したわけです。
 結局、「育児」は「育自」であり、自己成長していくチャンスです。子どもは育てたようにしか育たないのであり、「こんなはずではなかった」という思いは、誤りなのかもしれません。
 愛情をかけられた子どもは、当然愛情をかける人へ成長します。
素直にまっすぐ育ててあげたいです。
 子どもは、自分の所有物ではなく、地球からの預かりものです。
大切に育ててあげたいですね。
 本日、来られたお母様方には心から感謝します。ご苦労様でした。小さな事でも何かのお役に立てれば幸甚です。
 ちなみに、家内も本日、来ておりまして、家での私と、今日話す私のギャップに苦しんでいた、とかの噂でした。絶対に本質は同じなのに、と私は小声で叫ぶのです。
posted by nishioka   全般    

06.05.28, 21:08

100km ウォーク その4

 今日も100kmの完走(或いは完歩)に向けての訓練を怠りなくした。昼間は次男まあくんと駅からおよそ4kmの道のりを歩き、夕方もおよそ1時間汗を流した。
 それにしても、さすが、まあくん、1kmも歩いていないうちから、「お父さん、休憩だ!」と言って、道に座り込む始末。かと思えば、急に走り出して、また休憩タイム。まるで彼の平素を象徴するかの如く。
 私は、このところ、軽く走ったり、歩いたり、とにかく外の空気を吸うことが何よりの楽しみになってきている。残念ながら、消費カロリー分のアルコールは摂取しているためか、体重は以前に比べて2kg程のダウン程度だが(我が身体をもって、質量保存の法則を立証しているようだ)、自分に課題を課して走ったり、歩いたりすることにはまっているのだ。こういうことが習慣化されると良いが、正に雲行き怪しい危惧すべき事は、もうすぐ、梅雨のシーズン到来。
 どこまで続くかわからないが、生徒達が、「絶対無理だよ!」と言う度に燃えてくる。目標に向かって努力する姿こそが美しいと平素、子どもたちに言っているのだから、やり通さねば、いや何としてもやりぬく覚悟でいる。
 明日は午前中、母親教室だが、トレーニングウエアーで失礼して出勤する予定だ。ご容赦下さいね。
posted by nishioka   全般    

06.05.28, 01:31

勉強の楽しさ

 中学・高校では、3学期制をとっている学校の1学期中間考査がほとんど終了した。ごく一部の学校が直前ということもあり、今日のペス魂(解放教室)は、人数は少ないが、テスト前の真面目さの空気が流れていた。
 そんな中で、男の子が社会科のテスト勉強をしていた。
生徒:「なかなか覚えられないなあ」
私:「どこ?」
生徒:「三国同盟と三国協商」
 もちろん、歴史は特に流れでとらえることが大切であり、丸暗記方法に問題を提議される方も多い。
 ところが、おもしろおかしく物事が覚えれば、次に進むことがしやすくなり、結果として得意教科となることは多い。大切なことは、学習に対しての動機付けである。
 そこで、三国同盟の国と三国協商の国各々3ヶ国を覚えることになった。
ヒラメイタ!!!
私:「とり急ぎ、国名を覚えやすくなるように先生が考えてみよう。」
 どちらも、駅の1シーンを覚えて欲しい。
 三国同盟は車輌の中の国名だ。三国協商は車輌から降りた駅のプラットフォーム。生徒は、何の事やら、ぽーっとした感じだ。
私:同盟国は、「押すなよ、どいつや!? 痛いだろ!!」
生徒は、やはり、ポカーンとした感じた。
「押すなよ=オーストリア、どいつや!?=ドイツ、痛いだろ!!=イタリア」となるしかけだ。
 一方、三国協商は、駅のフォームをイメージして、「ろうしたの(どうしたの)?、ふらついたんだ!、ぎりぎりだったよ、危ないね」
「ろうしたの=ロシア、ふらついたんだ=フランス、ぎりぎりだったよ=イギリス」となる超だじゃれの世界だ。
 そして、なかなか覚えられないと言っていた生徒はどうなったか?覚えることが出来て、気分は良さそう、とても嬉しそうな感じだ。どんな形でも良い、覚えるための工夫をすれば良い。覚えることもしんどいことではない、楽しんでほしい。そんなきっかけになれば嬉しい。
 もちろん、これをきっかけにして、第一世界大戦を迎え、その後どのようになっていくかの流れの学習だが、三国同盟、三国協商の国を覚えた彼のしんどさは軽減されたに違いない。
 覚えることはしんどいだけではない。楽しんでやってみてほしい。
posted by nishioka   全般    

06.05.27, 03:29

あなたは本当にすばらしい!!

 今日のジュニアスコース(小学生部)では、「あいうえおおさか くいだおれ」という島田陽子さんの詩の暗唱をした。普通にゆっくりと読めば2分30秒かかる作品だったので、この時間内で言えるように子どもたちには課題として先週に課していた。
 小学2年生・3年生のクラスだが、結果として一人は残念ながら課題達成とならなかったが、ほとんどが1分30秒以内で、一人の女の子は50秒という驚異的な速さで暗唱できた。
 実は、暗唱というのは、左脳的な「記憶」という方法と、本来は左脳的であったはずではあるが、速く行うことで右脳の域に入る「只管暗唱」がある。
 1分を切る速さは間違いなく、左脳域から右脳域へのリンクがあるすばらしさだ。
 ただ、それよりも、今日はお母さん方にその様子を見ていただいたが、どの子どもも発表する前の緊張した面もちと発表後の安堵感漂う様子、そして、みんなに拍手された嬉しそうな笑顔がたまらなく、輝いて見えるし、心からすばらしいと思う。
 みんな本当によくがんばったね。最高だよ。
 こんな些細な時間が子どもの自信を形成していく。
 集団でレッスンを行う意義がある一つの大きな事例だ。
 しかし、本当はできたからすばらしいのではなく、しようとした過程そのものにすばらしさがある。もちろん、結果としてやりとげたことの積み重ねが自信をつくりあげることも事実だ。
posted by nishioka   全般    

06.05.25, 23:26

夢を持って生きよう!

 一昨日の講演会で感動した福島正伸氏の著書3冊に目を通し、福島先生のブログ(http://blog.goo.ne.jp/mentor1100/)も読ませて頂いた。
 とにかく、先生そのものが「夢」であり「感動」の塊ではないかと思えるほどの方で、益々大ファンとなってしまった。
 また、同じ内容でも良いので、ライブで先生の熱い語りが聞きたい症候群に罹患してしまったようだ。
 同時に、今、自分たちが行っていることが、日々の業務だけに精一杯になっていないだろうか、10年後のことまでは考えているし、子どもたちのためになることなら、迄は考えて指針を立てることはあったが、先生の本を読みながら、百年後の日本や人類にとってどのような意味があるのか、漠然と考えてみた。
 日々の課題が山積しているから、まず一歩一歩解決しながら、という行動はとても重要だが、これは指針ではない。長期的な時間軸で考えると、逆にわくわくしてきたから不思議だ。
 私の夢は、「年齢に関係なく、各々の人々が笑顔で毎日を暮らせる社会作りをすること」であり、そのためには、「各々の人々が持つ能力をしっかりと開花させること」が不可欠だと思った。
 夢が見つかると、人生は楽しい。
 先生のブログの中に先生が作られた詩があったので、紹介したい。壁って乗り越えなくて、いいんだと思うと、やはり、楽しくなってくる。

夢を持って生きよう!

そんなことはわかっている
みんな、そうして生きていきたいと思っている

でもね
現実はそんなに甘くないんだよ

夢を描くことすら
なかなかできないし
やってみようと思っても
何からはじめていいか答えが見つからない

そして何よりも
どんな夢の前にも
大きな壁があるんだ

あきらめなければ
乗り越えていくこともできるかもしれない

でも大きな壁を見ると
あきらめてしまうんだ

何かをしようとして
周りを見れば壁だらけ

何かしよう
少しでもいいから
前に進もう!

とにかく、いま
この瞬間とは違う
そんな自分になりたいって・・・

でも、何かをしようとして
まわりを見れば
そこにあるのは大きな壁

でも、ある時
ふと、立ち止まって
じっと壁を見てたんだ

そのとき僕は気づいたんだ

よく見たらその壁って
みんな、「真っ白」だったんだ

ある人が言っていた

壁っていうのは
何でも描くことができる
大きなキャンバスなんだって

だから大きな壁ほど
大きな夢を描くことができるんだって

たくさんの夢を描いてみよう
僕はそう思ったんだ

そうすれば
夢に囲まれて
毎日わくわくしながら
生きていくことができる

壁はすべて
自分の心の中にしかないんだって

そう気づいたんだ


僕がいるこの場所が
素敵に見えた

探していたものは
目の前にあったんだ

未来の向こう側ではなく
いま自分がいるこの場所が
僕の存在そのものが
宝物なんだって

そう気づいたんだ

だから、
君にもできる
きっとできるよ

君が君自身を励まし
慰め、そして愛することで
今日が変わり、明日が変わる

そしてそこから
未来が変わり始める

誰もが夢見る自分になれる

豊かで、幸せな
明日を送ることができる

なぜなら
君の存在そのものが

未来へと向かう

「夢」そのものなんだから
posted by nishioka   全般    

06.05.25, 01:50

ご縁

 昨日の講演会でご一緒させていただいた方々から、続々とメールが届く。その中のお一人のメールが大変嬉しいものだったので、了解もなく、ご紹介したい。
 ヒューマンスキルプラネット(http://www.j-kyoiku.com/)の代表・篭池哲哉氏からのメールである。一昨日の私のブログを見られて、小田全宏氏が共通の「師」であることを知らせ頂いた。
 何が嬉しいのか、それは、人とのご縁の広がりを実感できたからである。経営者だけではない、とご批判を受けるかも知れないが、私は、「経営」って、何より、「人とのご縁」を先頭で感じることが出来るから、すばらしいんだと、わかっていたことだが、初めて言葉でそう思えて、幸せな気持ちがした。
 そして、更に篭池氏のホームページを開くと、「私の好きな言葉」が載っており、これが私の尊敬する森信三先生のおことばで、私も大好きな一節であった。
 人間は一生のうちに逢うべき人には必ず逢える。
 しかも一瞬早過ぎず、一瞬遅すぎない時に・・。
 縁は求めざるには生ぜず。
 内に求める心なくんば
 たとえその人の面前にありとも
 ついに縁は生ずるに到らずと知るべし。

 ちなみに、私の教室の小学生部で必ず行う「立腰」(りつよう)は、この森先生が提唱されたことばである。
posted by nishioka   全般    

6313158