12.01.11, 01:34

祖母の誕生日

 今日は残り戎、大阪では商売の神様えべっさんのお祭りであり、7年前に他界した祖母の誕生日の日であった。
 いくつで亡くなったんだっけ?
きっと存命ならば100歳ぐらいだろうな。
 ふと思い出し、急に墓参りがしたくなり、タクシーに乗って出かけた。
 よって、お供え物も数珠もなし、そのうえ、タクシーを待たせていたので手を合わせた時間、およそ20秒ぐらい。
 父も祖父もご先祖様の眠る西岡家の墓前にお参りする。
 おばあちゃんに何回言ったことかな。
 「ねえ、おばあちゃん、大きいものに、くずれるかな?」と言って千円札一枚を出すと、おばあちゃんが、苦笑しながら一万円札一枚をくれるのである。
 小さいものにくずれることはよくあるが、大きいものにくずれるとは、日本語の誤りだろうが、本当に変形するのだから間違いとは言い切れない。
 今日もお供え物も持たずに行って、、、でも、父もおばあちゃんもそんなことで怒る人たちではないのだ。
 こうして、私は、甘えるだけ甘えて育ったものだから、今も周囲に甘えてばかりで。
 この歳になってまだまだ自立できていないかな。
 父にも久しぶりに会えて何かほっとした気分だった。
 どうぞ、見守ってくださいね。

by 西岡博史
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12.01.05, 21:27

イナビルの威力

 お医者さんに行くほどではないと思いながらも、「念のために」医者に行ったところ、「念のために」インフルエンザの検査もしておきましょう、と言われ、「念のため」だったら、と断ろうと思ったが、その検査を受けて、驚いた。
 「西岡さん、インフルエンザです!」看護師さんが真顔で言われる。
 検査キットの紙が合格発表の紙にも見えるから不思議だが、それなら、見事に合格だった。しかも、判定は"A"である。
 潜伏期間は1日~3日とのことで、どこで罹患したのかわからないが、正月に会った人たちに迷惑をかけていなければ良いが、とそればかり思う。
 大晦日の日には受験生相手に授業もした。高校受験はまだ少し先。中学入試の近畿の統一日は14日、同じ14日にセンター入試を受ける者もわざわざ呼んでしまったが、試験日とは重ならない。
 とは言え、ナーバスなこの追い込み時期だけに自分が罹患したばかりの責任を考えると気が重くなるのが本音だ。
 しかし、主治医の先生の顔は晴れやかである。
 「今は、いい薬も出ていますからすぐに治ります」とのこと。
 インフルエンザと言えば、タミフルかリレンザと思っていたが、何とイナビル吸入粉末剤なるものを処方される。
 何とわずか1回の吸入でインフルエンザのウイルスを死滅させることができるらしい。
 医学の進歩とは正に日進月歩である。
 ただ敵もさすがにまた形を変形させて新型として活動してくる。
 そして、それに医学で、というより化学の力で立ち向かったているようだ。
 実際、吸引して何時間もたたないうちに、熱が7度を下回ることはなかったのに、平熱となった。
 有り難いが、どこかしら怖さの感じる治療である。
 だが、今週の日曜日には母親教室が3本も控えていただけにこれにも皆さんにご迷惑をおかけすることになると思い、心配したが杞憂に終わりそうである。
 平熱になり48時間たてば、罹患させるウイルスはなくなっていると判断して良いそうである。
 明日の大切な打ち合わせと新年会は時間移動させてしまったが、大事には至らないようで安堵している。
 だが、今夜も早く休むことにしよう。

by 西岡博史 
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12.01.04, 23:54

発熱続く・・・

 昨夜は食事も摂らず、入浴もすることなく、10時半ごろには就寝したが、何度も咳とだるさで目が覚める。
 おそらく、高熱が出ていたのかもしれないが、熱を測る余裕もなく、寝汗をタオルで拭いたりしながら、朝は11時半まで布団の中にいた。
 こんな時間まで布団の中にいた記憶はないほどだ。
 それでも、これだけ寝たのだからと思い、高槻の事務所に向かったが、しゃきっとしない。
 体温計を取り出して熱を測ると38度1分である。
 どうも、この数値を見て私のような性格の者は、更にしんどさを増すようだ。
 夜、寒気が強いので、入浴したが、どれだけお湯の温度を上げても寒気はひかない。
 昔は風邪を引けば、入浴は厳禁だったが、今はむしろ、さっと入った方が良いと聞いていたが、熱い風呂に入り過ぎたようで逆効果だったかもしれない。
 口呼吸が続き、すぐに厚い下唇が乾燥する。
 当然だろうが、こんな時は本を読もうとしても頭に全く入ってこない。
 明日には必ず良くなっている。
 そう信じて、就寝することにしよう。
 それにしても、仕事の入っていないお正月の時期で良かった。
 不幸中の幸いである。

by 西岡博史
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12.01.03, 22:14

発熱

 いつ以来だろうか。
 この数年発熱の記憶がなかったのだが・・。
 無理をしていたわけでもなかったが、先ほど身体に倦怠感と重い睡魔と寒感がするので、体温計で熱を測ると7度5分ある。
 平熱が6度丁度ぐらいなのでやはりしんどい。
 当たり前のことが当たり前でない時になって、いつも健康の有難さを感じる。
 日々飲み過ぎでもある。
 頂いた年賀状の多くに健康へのお気遣いが書かれており、さっと流し読みしていてはいけないなあ。
 そんな戒めであると思った。
 ストイックに生活するのが好きなので、よくさっと逝ってしまうよ、と言われるが、まだまだすることもあるし、使命を果たしてもいない。
 今日の発熱は知命のこの歳にして、規則正しい生活をしていくための神様からのメッセージと思って、少しはおとなしくしよう。
 それにしてもしんどいなあ。
 口にしない方が良いのに・・・。

by 西岡博史 
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11.12.17, 02:02

がやがや

 平日だが、本格的冬休みも近いので、我が家はばたばたとした人の往来に活気で包まれた。
 自宅で仕事をするのが多くなったので、子どもの友人たちは「ここの家のお父さん、よく家にいるなあ」と思われているかもしれないが、今日は、長男も次男も三男もその友達が家に来ており、そのたびごとに私も仲間に入ったように話してしまう。
 よく考えれば、みんな楽しそうに話してくれるが、子どもの立場になれば、「お父さん、僕の友だちなんだから関わらないでよ!」という気持ちかもしれない。
 だが、今は、電話一本にしても、家で取りつぐなどいう行為はほぼなくなった。
 パーソナルな携帯電話を持っているので、連絡はダイレクトであり、親は子どもの交友関係も全く知らないケースも出てくる。
 これは問題である。
 だから、仕事の手を止めても私は妙に関わってしまう。
 話しだすと、いずれの子どもたちも可愛くみえてくるものだ。
 そして、夜はとうとう三男の友人は宿泊となり、長男、次男はその後、夜ごはん食べに外に出て、お帰りはとてもここに書ける時間ではなくなっていた。
 平和な時間が流れていることは間違いないし、有難いことに違いない。
 私は毎日こんながやがやした場所や時間は好きである。
 そして、同時にだれもいない一人の時間や場所も好きなのである。

by 西岡博史
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11.12.14, 00:21

Jin-仁-

 以前にもこのブログで触れたことがある嘗てTBSで放送された"Jin-仁-"の大ファンとなり、家族からの白い眼をものともせず、この番組の完結編DVD BOXを購入してしまい、数日が流れた。
 なかなか忙しくてTVを観る時間も少ないのが現状だったが、本日、東京からの新幹線の帰路で7枚中(実質6枚)1枚を京都までに見終えた。
 とにかく、この人間模様がたまらなくいい。
 暗殺される佐久間象山や史実とは異なるが虫垂炎となる西郷隆盛らが幕末の維新めざす面々と共にでてくる。
 もちろん、坂本竜馬は避けて通れないキャストである。
 とにかく、感動するのだ。
 私は人よりもよく感動するタイプであるのは自他共に認めるが、新幹線の車中、実は不覚にも5回も涙が頬を伝った。
 声をあげて泣くような事はないが、平素、父の葬儀でも泣くことはなかったのに、このような作為的な番組に涙するのだ。
 是非、一度、ご覧頂きたい。観て絶対に損はなし、と断言できる。
 ただ、一度、ワゴンを押す車内販売のお姉さんに泣いている所を見られて「はっ!」と我に返ったのが本当のところだ。

by 西岡博史
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11.12.12, 00:41

落慶法要

 この16年ほど様々な所で公私ともに一緒に動いてきた友人の晴れ舞台を間近で見た。
 何の晴れ舞台なのか?
 それは、護摩堂の落慶法要である。
 私のようにこの類の知識がない者はまず「護摩堂」も「落慶」も意味はわからない。
 要するに10年近く前、出家して、修行を始め、6年ほど前にお寺を建立した友人が、今度は東日本大震災など自然災害が多発した今、自分には「祈り」しかない、と発願し、その祈りの場のために「お堂」まで建ててしまったということなのだ。
 彼には本当に頭が下がる。
 とにかく想いを形にしてしまう。
 本の出版に始まり、市会議員、お寺の住職、とにかく、どれだけの労力も惜しまず、夢を具現化させた男である。
 もちろん、経営者としての草鞋を履きつつの離れ業である。
 そして、いずれもが仲間に支えられてやってしまうのだ。
 今日も檀家さんのおられないお寺でありながら、200人近くの方がお祝いに来られた。
 凄い奴だなあ。
 でも、みんな知っていることがある。
 彼を支えてきたのは、何よりも奥さまである。
 いつもにこにこした笑顔で彼を支え、周囲に癒しを与えてこられてきた。
 何よりの菩薩様が奥さまである。
 落慶法要、参列させて頂き、感謝である。

by 西岡博史
posted by nishioka   プライベート    

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