携帯電話の機種変更を2年半ぶりに行った。
ご存知のように新しい機械好きな私ではあるが、何故か今までの携帯電話にも愛着があり、なかなか変えることが出来なかったのだが、もう使い込んだかな、という状況だったので、やむを得ずの形で携帯ショップへ足を運ぶこととなる。
というのも、充電のコネクターのキャップはちぎれてない。携帯電話の外枠は今にも外れそうなほど、ばかばかと開く。そして、バッテリーは、中で何らかの化学反応が起きているようで膨張し、ケースのふたも閉まりにくい。
そのうえ、最近はフル充電しても30分も通話すれば、電池切れとなる有様で、仕事にも支障があり、変えることとなった。
訪れたショップは、直営のショップではない代理店で、私が最初した時の契約が特殊だったようで、そのショップでは契約内容がパソコンをたたいても出てこないようだ。
店員の方は色々と尽力してくださるのだが、どうやら、直営のショップに行かなければならない事が判明する。
ここからが驚きなのである。
時間をかけて、結果的には私の契約内容を紙に丁寧にメモしていかれる。
てっきり私は、このショップで機種変更が可能になったものとばかり思っていた。
すると、最後に笑顔で「どうぞ、この紙を持参下されば、機種変更に時間はかからないと思います」と言われた。
となると、全くこのショップには何の利益もならないのに、こんなに一生懸命してくださっていたことがわかり、感動した。
私は、「本当にありがとうございます。次回は是非、このショップで携帯電話購入させて頂きますね」と言った。
「ありがとうございます」と言われた笑顔が本当に眩しかった。
人様に喜んで頂くということは、こういうことなのであろう。直接、利益があるとか無いとかではなく、目の前にいらっしゃるお客様に何とか満足してもらえるよう最大限の努力をすることなのである。
私が言うのも妙だが、お客様から本音で言われる「ありがとうございました」は働くパワーの源である。
「どういたしまして」こう、笑顔で言うのもまた気持ちのよいものである。
10.03.10, 00:35
天才か?私のイラスト!!
今日は久しぶりにみんなが起きている時間内に帰宅することが出来た。
そして、深夜だと言うのに、子ども達と我が家ならではの妙な遊びで盛り上がった。
試験勉強しているか否かは別として次男も学年末考査が終わり、明日、卒業式をひかえた長男も、三男も加わり、右脳再現イラストゲームである。
そもそも、次男がTVで鯖街道が映し出されているのをみて、「俺、福井県の形をかなり正確に再現できると思うよ」の言葉から「じゃあ、みんなで書こう」ということになった。
確かに海岸沿いの様子は再現できていたが、4人の中では、さすがに「形で覚える都道府県」創作者としては、勝利は譲れない。
次に「京都府」の再現。これは、次男が勝利か。
ただ、4人とも本当に甲乙つけがたい再現力である。
幼い頃に記憶した形は今も残っているのだろう。
だが、頭にはあんなに鮮明に映し出されるのに、描くとなると再現するのは難しいなあ、と口々に言い始め、「だったら、チャッピー(我が家の愛犬)の顔を描こうよ」となった。
これが本当に大爆笑!
我が家は三男はまだ病気とは言えないが、残りはもうどこか間違いなくおかしい。
特にこの私の絵は、次男曰く「お父さんの描いたチャッピーはまるでおっさんじゃないか!」
確かに、、、。
どうして、この才能を私に天は授けてくださらなかったのだろうか。
写メを撮って、アップしようか、とも思ったが、余りにもふざけているとしか思われないだろうから、お目を汚さないでおこう。
頭に浮かんでも人は再現できるとは限らない。
それにしても深夜の爆笑だった。
そして、深夜だと言うのに、子ども達と我が家ならではの妙な遊びで盛り上がった。
試験勉強しているか否かは別として次男も学年末考査が終わり、明日、卒業式をひかえた長男も、三男も加わり、右脳再現イラストゲームである。
そもそも、次男がTVで鯖街道が映し出されているのをみて、「俺、福井県の形をかなり正確に再現できると思うよ」の言葉から「じゃあ、みんなで書こう」ということになった。
確かに海岸沿いの様子は再現できていたが、4人の中では、さすがに「形で覚える都道府県」創作者としては、勝利は譲れない。
次に「京都府」の再現。これは、次男が勝利か。
ただ、4人とも本当に甲乙つけがたい再現力である。
幼い頃に記憶した形は今も残っているのだろう。
だが、頭にはあんなに鮮明に映し出されるのに、描くとなると再現するのは難しいなあ、と口々に言い始め、「だったら、チャッピー(我が家の愛犬)の顔を描こうよ」となった。
これが本当に大爆笑!
我が家は三男はまだ病気とは言えないが、残りはもうどこか間違いなくおかしい。
特にこの私の絵は、次男曰く「お父さんの描いたチャッピーはまるでおっさんじゃないか!」
確かに、、、。
どうして、この才能を私に天は授けてくださらなかったのだろうか。
写メを撮って、アップしようか、とも思ったが、余りにもふざけているとしか思われないだろうから、お目を汚さないでおこう。
頭に浮かんでも人は再現できるとは限らない。
それにしても深夜の爆笑だった。
posted by nishioka 全般
10.03.09, 03:16
ご縁は力の源
人に何を言われようが変わらない考え、それは、出会いとご縁は何より大切にしたいという生き方である。
毎日、私たちは外に出る限り、様々な出会いがある。
通り過ぎ行く人の中にも自分の人生を変える人との出会いもある。
私のように会社のトップであれば尚更であり、名刺交換する人の数もそれはかなりの数に上るであろう。
弊社の今の従業員の幹部の中にも、元教え子もおれば、一度退職したいわゆる出戻りもいるのが私の自慢の一つである。
一方、縁あって、弊社のスタッフで働いてくれることとなり、その後、残念ながら退職してしまうことになる人もいる。
生徒として、あるいは保護者としてご縁ができ、卒業したり、あるいは途中で辞めていかれる人ももちろんおられる。
私はおかしな言い方だが、正式な形では私と離れた後からの方がその人とのご縁をより一層大切にしたいと強く思っている。
今日は、大変不思議だが、少し間の空いた人たちと、また少しその間隔が近くなり、そして、ご縁の糸が太くなった、そんな気持ちとなったことが続いた。
以前に弊社で働いてくれていたスタッフが新たな挑戦を始めた近況メール、以前に教室に通ってくれていた卒業生がこの4月から社会人となる意思表明メール、以前に取引先であった方が海外へ赴任する御挨拶の電話、以前に教材の研究を一緒に手伝ってくれていた人が久しぶりに来週大阪に来られる電話、いずれもが本当に嬉しい報せである。
4名の方、共に今では何の金銭も伴わない関係になりながら、こうして連絡してくださることが、とにかく嬉しい。
そして、いずれもが、何か新しいことに向かう前向きな報せでもあり、ぜひ、新天地での活躍を祈らざるを得ない。
もちろん、いつも私も輝いていたいし、小さなみんなの目標であり続けれたら嬉しいなとまた力が湧いてくるのである。
だから、ご縁は本当に素晴らしいと実感しているのである。
毎日、私たちは外に出る限り、様々な出会いがある。
通り過ぎ行く人の中にも自分の人生を変える人との出会いもある。
私のように会社のトップであれば尚更であり、名刺交換する人の数もそれはかなりの数に上るであろう。
弊社の今の従業員の幹部の中にも、元教え子もおれば、一度退職したいわゆる出戻りもいるのが私の自慢の一つである。
一方、縁あって、弊社のスタッフで働いてくれることとなり、その後、残念ながら退職してしまうことになる人もいる。
生徒として、あるいは保護者としてご縁ができ、卒業したり、あるいは途中で辞めていかれる人ももちろんおられる。
私はおかしな言い方だが、正式な形では私と離れた後からの方がその人とのご縁をより一層大切にしたいと強く思っている。
今日は、大変不思議だが、少し間の空いた人たちと、また少しその間隔が近くなり、そして、ご縁の糸が太くなった、そんな気持ちとなったことが続いた。
以前に弊社で働いてくれていたスタッフが新たな挑戦を始めた近況メール、以前に教室に通ってくれていた卒業生がこの4月から社会人となる意思表明メール、以前に取引先であった方が海外へ赴任する御挨拶の電話、以前に教材の研究を一緒に手伝ってくれていた人が久しぶりに来週大阪に来られる電話、いずれもが本当に嬉しい報せである。
4名の方、共に今では何の金銭も伴わない関係になりながら、こうして連絡してくださることが、とにかく嬉しい。
そして、いずれもが、何か新しいことに向かう前向きな報せでもあり、ぜひ、新天地での活躍を祈らざるを得ない。
もちろん、いつも私も輝いていたいし、小さなみんなの目標であり続けれたら嬉しいなとまた力が湧いてくるのである。
だから、ご縁は本当に素晴らしいと実感しているのである。
posted by nishioka 全般
10.03.08, 01:27
ファンクション
TBSのTV番組「情熱大陸」に見入ってしまった。
どうも私はこの類の番組が好きである。
そこには、ファンクショナルな視点を持つことの効果を話す横田氏なる人物が大きく映し出されていた。
それをファンクショナル・アプローチ(FA)と呼ぶらしいが、彼は「公共事業は何のため?誰のため?」をキーワードに全く新しい視点でコストカットを次々に展開し、成功させてきた。
最近仕分け事業なる言葉が流行ったが、何と彼は10年間で総額1兆円分の公共事業の改善に乗り出し、2000億円分のコストカットを実現させ一躍脚光を浴びているそうだ。
このFAだが、調べてみた。
1947年にアメリカのGE社で起こったアスベスト事件をきっかけに、ローレンス・D・マイルズ氏が開発した管理技術の一つだそうで、そう考えれば、新しい手法でもないようだ。
固定概念や先入観にとらわれずに、問題の対象から敢えて離れ、ファンクション(機能、目的、効用、意図)に焦点をあて、それを明確にし、これを糸口にして考えていくことを「ファンクショナル・アプローチ」(FA)と呼ぶようだ。
目に見えるもの、耳で聞こえるもの、手で触れるもことのできるもの、全ては表現されている手段にしか過ぎないわけで、それ自体に意味を求めるのではなく、それを表現させている目的に意味を求めていくべきだという考えで、箸袋などを例に取り、話されていた。
この箸袋のファンクションは何であるのか?
1.清潔である
2.1膳を入れ、配膳しやすい
ここから、何の無駄を省くことが出来るだろうか。
例えば、箸の先にだけ袋がかぶっているだけでよい、というようなことである。
間違いなく、こんなイージーなことではなく、もっと深い考えが必要であろうが、そのような合理性のある考えを平素、自分はしていなかったので、目から鱗である。
仕事の中に常に、ファンクションを意識していくつもりである。
理系的な文系、文系的な理系の思考回路が好きである。
どうも私はこの類の番組が好きである。
そこには、ファンクショナルな視点を持つことの効果を話す横田氏なる人物が大きく映し出されていた。
それをファンクショナル・アプローチ(FA)と呼ぶらしいが、彼は「公共事業は何のため?誰のため?」をキーワードに全く新しい視点でコストカットを次々に展開し、成功させてきた。
最近仕分け事業なる言葉が流行ったが、何と彼は10年間で総額1兆円分の公共事業の改善に乗り出し、2000億円分のコストカットを実現させ一躍脚光を浴びているそうだ。
このFAだが、調べてみた。
1947年にアメリカのGE社で起こったアスベスト事件をきっかけに、ローレンス・D・マイルズ氏が開発した管理技術の一つだそうで、そう考えれば、新しい手法でもないようだ。
固定概念や先入観にとらわれずに、問題の対象から敢えて離れ、ファンクション(機能、目的、効用、意図)に焦点をあて、それを明確にし、これを糸口にして考えていくことを「ファンクショナル・アプローチ」(FA)と呼ぶようだ。
目に見えるもの、耳で聞こえるもの、手で触れるもことのできるもの、全ては表現されている手段にしか過ぎないわけで、それ自体に意味を求めるのではなく、それを表現させている目的に意味を求めていくべきだという考えで、箸袋などを例に取り、話されていた。
この箸袋のファンクションは何であるのか?
1.清潔である
2.1膳を入れ、配膳しやすい
ここから、何の無駄を省くことが出来るだろうか。
例えば、箸の先にだけ袋がかぶっているだけでよい、というようなことである。
間違いなく、こんなイージーなことではなく、もっと深い考えが必要であろうが、そのような合理性のある考えを平素、自分はしていなかったので、目から鱗である。
仕事の中に常に、ファンクションを意識していくつもりである。
理系的な文系、文系的な理系の思考回路が好きである。
posted by nishioka 全般
10.03.07, 00:52
理解してくれている思い
昨夜、遅くに友人から電話がかかってきた。
若くして、役員まで登りつめた有能な奴だが、どうやら、社長と話がこじれて、出処進退の問題にまでなってしまったらしい。
涙ながらに「自分は正しい意見を言ったに過ぎない。この考えを曲げたなら、部下にも示しがつかない。」そう訴えた。
とにかく、昨夜は興奮していたので、明日会って飲みながら話そうと言って電話を切った。
今日は落ちついていたが、「アルコール抜きで話そう」ということになり、コーヒーだけで冷静に話を聞いた。
どうやら、今朝、社長と電話で話をし、出処進退については全て社長に一任したらしい。
社長に言ってはいけない言葉まで投げた自分が悪かった、と今日は憔悴した表情で反省もしていた。
数日内で結論が出るだろう。
奥さんや子どもにも話をしたらしいが、お父さんが決めたらいいけど、やはり失礼はいけないと叱られたそうだ。
家のローンも残っている。
まだまだ稼がないといけないが、50程にもなってある規模の役員を使ってくれるところなどないだろうし・・・。
弱音の言葉も出る。
私が何か意見など言えるものでもない。
家内に話すと、簡単に「辞めればいいのにね」
さすが、家内である。
私は喧嘩をしたわけではないが、この家内の言葉に軽く背中を押されて独立したようなものかもしれないな、と昔を思い出した。
でも、彼の気持ちはよくわかるのだ。
社長は「自分を理解してくれている」と思っていたのだ。ところが、勇み足があったのかもしれないが、過去まで否定されたような気持ちになってショックを受けたのだろう。
自分が正しいと思う信念から「忸怩たる思い」そんな気持ちで職場を去るサラリーマンは多いのかもしれない。
だが、私はどんな人かは知らない社長さんの気持ちもわかる気がするのだ。
「自分のことを理解してくれている」そう社長さんも思っていたのかもしれない。
お互いに傷ついたのかもしれないが、これを機に本当に個人の気持ちを捨て、そこで働く多くの従業員と顧客にとってどの道を選択することが良いのかじっくりと考え、後悔のない道を選択してほしい。
そうして選んだ道ならば、お金なんて絶対についてくる。
それは綺麗事ではない事実だ。
若くして、役員まで登りつめた有能な奴だが、どうやら、社長と話がこじれて、出処進退の問題にまでなってしまったらしい。
涙ながらに「自分は正しい意見を言ったに過ぎない。この考えを曲げたなら、部下にも示しがつかない。」そう訴えた。
とにかく、昨夜は興奮していたので、明日会って飲みながら話そうと言って電話を切った。
今日は落ちついていたが、「アルコール抜きで話そう」ということになり、コーヒーだけで冷静に話を聞いた。
どうやら、今朝、社長と電話で話をし、出処進退については全て社長に一任したらしい。
社長に言ってはいけない言葉まで投げた自分が悪かった、と今日は憔悴した表情で反省もしていた。
数日内で結論が出るだろう。
奥さんや子どもにも話をしたらしいが、お父さんが決めたらいいけど、やはり失礼はいけないと叱られたそうだ。
家のローンも残っている。
まだまだ稼がないといけないが、50程にもなってある規模の役員を使ってくれるところなどないだろうし・・・。
弱音の言葉も出る。
私が何か意見など言えるものでもない。
家内に話すと、簡単に「辞めればいいのにね」
さすが、家内である。
私は喧嘩をしたわけではないが、この家内の言葉に軽く背中を押されて独立したようなものかもしれないな、と昔を思い出した。
でも、彼の気持ちはよくわかるのだ。
社長は「自分を理解してくれている」と思っていたのだ。ところが、勇み足があったのかもしれないが、過去まで否定されたような気持ちになってショックを受けたのだろう。
自分が正しいと思う信念から「忸怩たる思い」そんな気持ちで職場を去るサラリーマンは多いのかもしれない。
だが、私はどんな人かは知らない社長さんの気持ちもわかる気がするのだ。
「自分のことを理解してくれている」そう社長さんも思っていたのかもしれない。
お互いに傷ついたのかもしれないが、これを機に本当に個人の気持ちを捨て、そこで働く多くの従業員と顧客にとってどの道を選択することが良いのかじっくりと考え、後悔のない道を選択してほしい。
そうして選んだ道ならば、お金なんて絶対についてくる。
それは綺麗事ではない事実だ。
posted by nishioka 全般
10.03.06, 01:17
苦手な人を避けるべからず
私はどうも嫌なことには目をつぶり、苦手な人は避け、楽しいことに目を向けて生きてきた気がする。
ところが、最近は対人関係においては「苦手な人」と言われても頭にだれも浮かばなくなってきた。
一つ意識して行動をとるようになってきてから、そのように変わってきた気がする。
それは面倒だとか苦手だと思う人に対しても、思いきって話してみることだ。そして、相手の言いたいことを聞き、一度受けとめてから、自分の想いを話すことを意識してからのことである気がする。
このところ、色々な教室から根っこは同じ話が聞こえてくる。
保護者の方からの不満の声の本質である。
それは、担当の先生からの直接の話がないことによる不満なのである。
面倒かもしれない話しとなる可能性を回避するため、そこに自ら声をかけずに放置した結果の誤解なのである。
避けて通ったことは絶対にいつの日か大きな痛みとなって自らに還ってくる。
全く気づいていなかった相手の不満は「ごめんなさい」だが、胸に手をあてて考えてみよう。
電話一本でも入れてご説明しなければならないことはないだろうか。放置して通り過ぎようとしていないだろうか。
おもいきって話してみよう。
そして、お詫びしなければならないことなら、素直に頭を下げてみよう。
どんな人も、必ずわかりあえる、という事が私の信念である。
こう書きながら人に不快な気持ちをさせてしまっていないか、ともう一度自ら胸に手をあてて考えてみる。
もしかして・・・。
ごめんなさい。
ところが、最近は対人関係においては「苦手な人」と言われても頭にだれも浮かばなくなってきた。
一つ意識して行動をとるようになってきてから、そのように変わってきた気がする。
それは面倒だとか苦手だと思う人に対しても、思いきって話してみることだ。そして、相手の言いたいことを聞き、一度受けとめてから、自分の想いを話すことを意識してからのことである気がする。
このところ、色々な教室から根っこは同じ話が聞こえてくる。
保護者の方からの不満の声の本質である。
それは、担当の先生からの直接の話がないことによる不満なのである。
面倒かもしれない話しとなる可能性を回避するため、そこに自ら声をかけずに放置した結果の誤解なのである。
避けて通ったことは絶対にいつの日か大きな痛みとなって自らに還ってくる。
全く気づいていなかった相手の不満は「ごめんなさい」だが、胸に手をあてて考えてみよう。
電話一本でも入れてご説明しなければならないことはないだろうか。放置して通り過ぎようとしていないだろうか。
おもいきって話してみよう。
そして、お詫びしなければならないことなら、素直に頭を下げてみよう。
どんな人も、必ずわかりあえる、という事が私の信念である。
こう書きながら人に不快な気持ちをさせてしまっていないか、ともう一度自ら胸に手をあてて考えてみる。
もしかして・・・。
ごめんなさい。
posted by nishioka 全般
10.03.05, 01:44
頑張らなくていい
昨日の「一生懸命」とは別な見方をすれば矛盾した話題に聞こえるかもしれない。
私にとっては、何も違わないが、少しおつきあいいただこう。
今日、お会いした先生が言われていた言葉が耳に残る。
「頑張らなくていいんだよ。あきらめなければ、それでいい」
深いなあ。
何を頑張ろうと思っていたんだろう。
何を家族や従業員に求めていたんだろう。
日本の自殺をする人の数を聞いて驚いた。
1日およそ90人、年間3万人を超える人が自殺という考えられない死の選択をしているそうだ。
交通事故死者数の6倍以上で、自殺する割合で言えば、アメリカの2倍、イギリスの3倍という高さだ。
特に40~60代の父親世代だけで、全体の4割を占めるという数字を見て尚更驚きである。
この数値だけ見ても、これはもう個人の問題ではなく、社会全体の抱える問題として真剣にその対策も講じなければならない。
生きていれば、こんなに楽しいこともたくさんあるのに、その選択を選ぶときは、考えられない窮地に立たされているのかもしれない。
人はだれもそんなに強くない。
だから、頑張ることなどないんだ。
ただ、あきらめずに生きることは大切だ。
自然体、わかっているようでわかりにくい。
ひとつ言えることは、絶対に死を選べば、そばにいる人が今以上に悲しくなることは間違いない。
人を悲しませる権利は何人も有さない。
私にとっては、何も違わないが、少しおつきあいいただこう。
今日、お会いした先生が言われていた言葉が耳に残る。
「頑張らなくていいんだよ。あきらめなければ、それでいい」
深いなあ。
何を頑張ろうと思っていたんだろう。
何を家族や従業員に求めていたんだろう。
日本の自殺をする人の数を聞いて驚いた。
1日およそ90人、年間3万人を超える人が自殺という考えられない死の選択をしているそうだ。
交通事故死者数の6倍以上で、自殺する割合で言えば、アメリカの2倍、イギリスの3倍という高さだ。
特に40~60代の父親世代だけで、全体の4割を占めるという数字を見て尚更驚きである。
この数値だけ見ても、これはもう個人の問題ではなく、社会全体の抱える問題として真剣にその対策も講じなければならない。
生きていれば、こんなに楽しいこともたくさんあるのに、その選択を選ぶときは、考えられない窮地に立たされているのかもしれない。
人はだれもそんなに強くない。
だから、頑張ることなどないんだ。
ただ、あきらめずに生きることは大切だ。
自然体、わかっているようでわかりにくい。
ひとつ言えることは、絶対に死を選べば、そばにいる人が今以上に悲しくなることは間違いない。
人を悲しませる権利は何人も有さない。
posted by nishioka 全般